サイモン・ベケット 『法人類学者デイヴィッド・ハンター』

法人類学者デイヴィッド・ハンター (ヴィレッジブックス)

 妻子を失った事故以来、かつての仕事に嫌気がさしてイギリスの片田舎の診療所で医者として働いていたデビッド・ハンターは、村に住む子供が女性の遺体を発見したことで、警察に請われて事件に関わることになってしまいます。捜査が困難を極める中、法人類学者としてのキャリアを買われて警察に呼ばれたデビッドに対して疑いを含んだ噂が広がり、さらには村の中で過剰な自警意識が煽られ、周囲の空気は日々不穏なものになっていきます。

 科学捜査に携わる主人公によるサスペンスという枠組みは決して目新しくないものの、閉鎖的な田舎の、どこか歪みを内包したコミュニティの人間関係を絡めることで、主人公の周囲に様々な障害を配置した本作は、緊張感のあるサスペンス作品としての演出が非常にうまく行った作品と言えるでしょう。
 いわゆる科学捜査物の定石とも言える流れである、「物的証拠を科学的に捜査することでのみ犯人にたどり着く」というストーリー展開にはとどまらず、本作では田舎という閉鎖的なコミュニティにおいて事件が起こり、そこに属する人々の見せる「余所者に対する排他性と攻撃性」が、大きく物語を盛り上げることになっています。
 「法人類学」というベースに基づいて犯人に迫る主人公の物語は、特殊な状況にあるコミュニティという舞台を得て、終始起伏に富んでテンポ良く、リーダビリティに富んだ展開を見せ、終盤での怒涛の展開で最後まで読者を惹きつける上手さを持った作品であるのは間違いないでしょう。
 ただ、犯人の犯行を行うに至る動機面での追求は必ずしも十分ではない面も指摘できます。その意味では、犯人の心の闇にもう少しスポットが当てられても面白かったのではないかという気もします。