三津田信三 『幽女の如き怨むもの』

幽女の如き怨むもの (ミステリー・リーグ)

 戦前、戦中、戦後と、それぞれ金瓶梅楼、梅遊記楼、梅園楼と名前を変えた遊郭で、三代の緋桜という源氏名を名乗った花魁が現れた時、いるはずのない何者かが起こす怪異としか思えない出来事が起こります。家族のために何も知らないまま売られてきた初代の緋桜は、新造から花魁になったことで遊女の実態を知り、愕然とします。知らされぬうちに膨らむ借金に縛られる絶望、秘かに行われる堕胎など、遊郭の闇を初代の緋桜は目の当たりにします。そして怪談めいたいわくのある特別室から花魁が転落死する事件を契機に、何かに惹き寄せられたかのように堕胎の行われていた小屋から特別室の窓へと向かった花魁が転落する事件が続きます。何か怖ろしいものがいるかのようなその特別室に怯えを抱いた初代緋桜が、その心情を克明に綴った日記による第一部。そして経営者が変わったことで名称を「梅遊記楼」と変えた遊郭は二代目の緋桜を迎えますが、この緋桜という名の花魁を特別室に迎えたことで、かつての事件をなぞるように起こり始めた怪異めいた出来事を、当時の女将が語る第二部。そして、戦後になり遊郭を買い取って新たに店を始めた親戚から、いわくを知らずに店に三代目の緋桜を迎えたことを、怪奇作家の佐古荘介は聞かされます。二代にわたる緋桜の関わる事件の真相と、「幽女」の存在を調べようとする佐古荘介が雑誌の連載という形で記す第三部。そして、これら三代の緋桜が関わった怪異の真相と「幽女」の正体を、怪奇作家の刀城言耶が解き明かします。

 その土地特有の怪異をベースにした事件を描いたシリーズ既刊作とはやや異なり、本作で描かれるのは、遊廓という特殊環境に根差した事件であると言えるでしょう。
 遊郭で生きる女性たちの苦しさと、逃れようのない怪異の恐ろしさに満ちたそれぞれの物語では、著者らしい「何か怖ろしいものがいる」という得体の知れない怖さはしっかりと健在で、かつそこに生きる人間たちの情念も絡み、一層強い「怖さ」も感じられるものとなっています。
 最終章以外の、語り手をそれぞれ変えて語られる各部は、謎の布石としての機能を果たしながらも、同時にそれぞれが読み応えある物語として楽しめますし、謎解き編では説得力のある落とし所を見事に提示されます。
 これまでのシリーズの既刊作に比べれば、事件の陰惨さやその土地ならではの怪談・奇談との絡みから来る根深い恐怖という意味ではやや作品の風合いは異なりますが、人間の情念が介在することでの怖ろしさが生々しく幽女の如き怨むもの織り込まれ、物語としての厚みを持った作品となっていると言えるかもしれません。