撮影中の事故が起こり、たまたまその場に持っているクラシック・カーを貸していた鈴木誠という男が、モデルの一人であった三縞絵里を車で自宅まで送ることになります。36年間の人生、特異な容貌のため、人と関わることが出来ないでいた鈴木誠にとって、出会った時にBGMに彼が傾倒するビートルズの"You Are My Destiny"が流れ、そして嫌がることなく自分の車のサイドシートに座ってくれたというそれだけで、三縞絵里は特別な人間になってしまいます。ですが、三縞絵里にとっては、事故のショックで呆然としていた間のことであり、鈴木誠などという人物は記憶にも残っていませんでした。一方で彼女を想うあまりの鈴木誠の妄執は、加速的ににエスカレートしていきます。
ビートルズの曲をタイトルやポイントポイントに織り込みながら進む物語は、鈴木誠が異常な妄執に捕らわれていくさまを、彼らに関わった人間たちの証言によって描きだしています。証言という形式をとることで描き出される鈴木誠の異様さは、鈴木誠自身によって綴られる彼の独白が挿入されることで、より生々しさを演出しながら、巧妙に物語を結末へと導いていきます。
物語を大半を占めるのは、鈴木誠が三縞絵里への執着を深めていく過程を、関係者の証言という傍証と、鈴木誠自身の独白で描き出す物語であり、ストーキング行為のターゲットとされた三縞絵里の側からすれば、得体が知れず気味の悪い出来事が彼女の生活を浸食していく過程となります。
ですが反面で、それは同時に容貌のせいで世間から排除され続けてきた鈴木誠の孤独と、彼の運命の理不尽さの物語でもあります。特殊な環境で生きてきた鈴木誠が、(彼にとっては)運命的な出会いをした三縞絵里に歪んだ愛情を育むことは必然であり、妄執とも言える愛情の強さとそれが演出する禍々しさは、嫌悪感を伴いながらも強く読者を引き付けるものになっていると言えるでしょう。
ある意味、異常性を深めエスカレートしていくストーカーを描き出すヘヴィな物語を、結構なボリュームで描き出している本書ですが、意外なほどに高いリーダビリティで、分量そのものが苦痛になることはほとんどないのではないでしょうか。
そして、一人の女性に出会って強い執着を覚えた男の異様な精神状態が、証言とともに浮かび上がるこの物語には勿論読みごたえがありますが、それ以上に、結末によって一気に物語世界ごと深みを持って胸に迫ってくる仕掛けがなされている部分もまた、読者には強烈なインパクトを与えるものとなっています。
帯やあまり詳細なネット書評など見ず、まっさらなまま読めば、受ける感慨はより一層大きなものになる作品なのかもしません。