辻村深月 『ふちなしのかがみ』

ふちなしのかがみ (角川文庫)
■『踊り場の花子』■お化けと呼ばれ、学校で仲間外れにされていた少女が、毎日一人で掃除をする階段は「花子さん」が出るという場所でした。そこで出会った女の子と親しくなった彼女は、その子に本を貸しますが…。花子さんと会う、あるいは花子さんがその人にとって怖ろしい存在となるには、いくつかの条件があるわけですが、会話をする中でその「条件」が舞台となっている階段を一段一段上るように、結末へと導くように機能するという仕掛けがなされます。「学校の怪談」としての雰囲気が、ミステリ的な仕掛けとうまく融合した一作。
■『ぶらんこをこぐ足』■乗っていたブランコから投げ出され、少女が死亡する事故が起こります。少女の周囲から話を聞くと、彼女は仲間内で「キューピッド様」というコックリさんのような遊びをしていたと言います。事故はキューピッド様のせいだという証言が上がってきますが…。学校という閉鎖的な環境の中での、友達付き合いとそこにある力関係の裏側に潜む作為が描かれます。断定的に描かずに解釈の幅を持たせた結末により、(怪談としての長所という観点から)何ともスッキリせずに気持ち悪さが残る物語。冒頭と結末部に、「アルプスの少女ハイジ」の歌詞が挿入され、ブランコを漕ぐ少女という明るい情景の裏側に、怖さを感じさせる心象風景をオーバーラップさせたのが印象的な一作。
■『おとうさん、したいがあるよ』■認知症が始まった祖母の荒れた家を片付けていると、そこから死体が出てきますが…。本作でまずゾッとするのは、主人公の父親をはじめ死体が出てきたことに対する周囲の反応の薄さです。無関心ともとれるほどに淡々と死体を扱う彼らの現実感の薄さと、結局のところそれが何だったのかが必ずしも明確にされない、語り手の正気すら定かではないように思えてくる気味の悪さが本作にはあります。ミステリとして読めば消化不良な部分もありますが、ホラーとして読むと独特の雰囲気を持った一作。
■『ふちなしのかがみ』■深夜の零時、鏡に自分の未来が映るという話を聞いてそれを試した主人公は、最初は幸せな未来を鏡に見ます。ですが、徐々に見える幸せが狂っていき、それを正すために主人公が取った方法の顛末とは…。主人公が常軌を逸していくさまと、鏡に映る未来そのものが彼女を狂わせていく、得体の知れない怖さがあります。やや纏まり過ぎたきらいもあるものの、ミステリ的な手法とホラー的なガジェットが、短編という制約の中で綺麗に組み合わさった作品として評価できるでしょう。
■『八月の天変地異』■学校の中でいつの間にか、友達の派閥からはじかれてしまっていた少年が、ヒーローのように格好良い「親友」を、自分の想像で架空の存在として作り上げます。ですが、その架空の友達を周囲に自慢したことで、少年は余計に立場をなくして行き…。自らの空想の産物でしかなかった「親友」が現実に現れるという不思議な怪異譚。ある意味で、もっとも著者らしい風合いを持つ、ノスタルジックな雰囲気が色濃い一作。
 これら5編の短編は、いずれもミステリと怪談との風合いが、それぞれの短編毎に塩梅を変えて混ざり合います。ストレートに恐怖を感じさせる描写はないからこそ、結末がスッキリしない辺りがまた余計に気持ち悪さが残る怖さとなっています。