初野晴 『空想オルガン』

空想オルガン (角川文庫)
 顧問の草壁先生(♂)を巡って幼馴染のハルタ(♂)とライバル関係にあるチカ(♀)は、弱小吹奏楽部を全国大会まで持って行くことを目標とし、部員一丸となって夏の大会に挑みます。ですが、落ちてきた子供を助けたがためにチカが手を怪我したり、草壁先生の過去を知るジャーナリストを名乗る怪しい男がうろついたりと、相変わらずトラブルは後を絶ちません。大会の会場で迷っていた、希少価値のある犬の飼い主を名乗る人間が二人も現れてしまい、そのどちらが本物の飼い主なのかを明らかにしなければならなくなった事件。そして引っ越しをするハルタが住むための物件で、僧侶の幽霊が出るという建物に秘められた真実とは。大会に出る吹奏楽部の中で異色の女子高生ギャル集団を統制する十の秘密の真相。振り込め詐欺集団に属する男が、過去にそこにいたことのある吹奏楽部の大会の会場に、騙した相手から金を受け取りに行く物語の顛末。そんな事件の傍らで、チカやハルタ、草壁先生や吹奏楽部の仲間たちは、夏の大会に挑んでいきます。

 『退出ゲーム』に始まる、通称ハルチカシリーズ三作目。
 暗号解読要素で仕立てた「ジャヴァウォックの鑑札」、館もののような大掛かりな仕掛けを楽しませる「ヴァナキュラー・モダニズム」、九つの秘密に周到に伏線を張り、最後の秘密と全ての真相を明かす「十の秘密」、そして本作の全ての物語を、ハルチカとは別の人物のための一つの物語にする仕掛けの表題作「空想オルガン」。イントロダクションを加えたこれら五編で本書は構成されることになります。
 前作までは、大会に出場するために吹奏楽部の仲間集めという要素が強かったシリーズですが、本作では怪しげなジャーナリストの渡部や、大会の対戦相手の女子高生たちなど、チカたちの外側にいる人物たちの果たす役割が極めて大きなものとなっています。それは最終作で明かされる結末のための伏線でもあり、その結末で残るものは、主人公のチカたちが次へ踏み出すために感じなければならない苦さでもあったと言えるでしょう。
 チカたちの明るいキャラクターや軽妙なやりとりと、それぞれの事件の裏にある真実の持つ重みが、ギャップとして感じられるのではなく、互いに引き立て合うような読後感が本作もまた秀逸と言えるでしょう。