二百俵取りの旗本の種彦は、戯作を書けとせっついてくる版元の山青堂の手代である長介に、結婚話が持ち上がっていると聞かされます。何でもお仙という娘と所帯を持ち、長介は浅草に店を出すための資金として、お仙に四両の金を預けたと言います。この話にきな臭さを感じた種彦は、「これは戯作だ」としながらも、お仙という娘が長介から金をだまし取る物語を語ります。これ以降、現実にあった出来事をもとにした戯作を語ることで、その真相を明らかにする種彦の元には、様々な案件が持ち込まれることとなりますが、種彦が戯作者として山青堂と本を作る中で、色々な問題が起こって来ることになります。
江戸時代の戯作者と版元との関係、出版過程、出版物に対する幕府の規制、上方と江戸との版元における関係など、さまざまな風俗や慣行が、物語と共に自然と浸透してくるつくりの作品。本書は、全六章に序章と終章を加えた連作短編集としての体裁を持ちますが、同時にそれは、江戸時代の戯作や出版を取り巻く世界観を、ひとつずつ掘り下げるという構成の妙とも言えるでしょう。
同時に、江戸時代と現代での、小説家(戯作者)の立場や、その業界を取り巻く状況も制度が違っていようとも、そこで物語と創作に取り憑かれる本好きたちの本質は変わりません。たとえその物語を世に出すことで罪に問われ、場合によっては命の危険に晒されようと、物語を語り、伝えずにはいられない彼らの在り様は、時代を超えて変わらぬものであるのでしょう。こうした時代を超えて伝わる「戯作者」の姿が、物語を魅力的にしている要素でもあります。
さらに本作では、戯作者である主人公の種彦が、戯作をすることと推理をすることを同時並行に成立させ、そのことによって事件を綾を解いていきます。そうした部分では、独特の推理スタイルを有する主人公を探偵役に据えたミステリとしても楽しめる、著者らしいテイストの一作と言えるでしょう。