ウィリアム・ギブスン ブルース・スターリング 『ディファレンス・エンジン 上下』

ディファレンス・エンジン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)ディファレンス・エンジン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

 ヴィクトリア時代産業革命期の英国。チャールズ・バベッジの考案した差分機関(コンピュータの元祖)が蒸気機関によって完成・確立していたら〜という壮大なパラレル歴史改編小説。蒸気機関によるコンピュータやテクノロジーが発達することで大きく変わった社会では、ロマン派の詩人バイロンは政界へ打って出て英国の首相となり、その娘でチャールズ・バベッジの弟子であったエイダは「エンジンの女王」として崇拝を集めます。日本からは福沢諭吉森有礼らが差分機関の導入を目論み、革命家の娘シビル・ジェラード、古生物学者エドワード・マロリーなど、世界が大きく動く時代の中で、国際政治の陰謀の渦に巻き込まれることとなります。

 サイバー・パンクの旗手であるウィリアム・ギブスンブルース・スターリングが、ヴィクトリア期の英国を主な舞台にして描いた一作。
 本作をスチーム・パンクの嚆矢とする流れもありますが、作家の故伊藤計劃によれば、本作は「スチームパンクを横目で見ながら書かれたサイバーパンク」ということになります。登場人物の冒険活劇そのものやそこで生まれる人間の情緒的なものに物語の主眼が置かれない辺りや、テクノロジーへの関心、最終章の結末部において差分機関自身の思考が語られる点などは、確かにサイバー・パンクの特徴を満たしていると言えるでしょう。
 今年は『屍者の帝国』の刊行やら、スチームパンクの作品がクローズアップされることも多かったので、本書をきちんと読みたいというのがひとつの目標でした。随分昔にも流し読みはしたものの、やはり難解で良く分からないまま終わった覚えがありますが、今回もまた、下巻に収録されている『差分事典』を参照しつつ読んでもやはり難物だったという印象。
 『ディファレンス・エンジン』を読むのに手こずった理由はやはり、19世紀の世界史や文化史の知識が自分の中で曖昧だったゆえという一点に尽きるでしょう。この時代の背景・人物、そして作者がサイバーパンクという手法から問いかける産業革命の意義などの全てを理解した上でないと、読み進めるのが厳しかったという点がネックだったようにも思います。