恩田陸 『夜の底は柔らかな幻 上/下』

夜の底は柔らかな幻 上夜の底は柔らかな幻 下
 〈途鎖国〉にあるその山に、巡礼だけではなく犯罪者や暗殺者が続々と集まる闇月と呼ばれるその期間、かつて逃げ出した〈途鎖国〉へと向かう列車に乗った実那ですが、よりにもよって入国管理官の葛城に見つかってしまいます。何とかその場をやり過ごした実那は、入管と対立する地元の警察や旧友の助けを得て、山へと向かう準備を整えます。イロと呼ばれる特殊能力を持つ在色者の中でも突出した能力を持つ、かつて山での実験生活を共にした子供たちの中で生き残った三人。海外で特殊な手術を受けて能力の安定化に成功した者。そして実那。幾つもの思惑が絡み合う中、彼らのうちの誰が目的に辿り着くことが出来るのか。

 『ネクロポリス』や『常世物語』の系譜に分類することのできる、久しぶりに恩田陸らしさが詰め込まれたファンタジー
 惹き込まれる独特の世界観に加え、魅力的な登場人物たちの繰り広げるドラマは、恩田作品の中でもトップクラスのエンターテインメント性に富んだ作品となっていると言えるでしょう。
 序盤では葛城が強大な敵として実那の前に立ちはだかります。ですが、実那が列車で出会った男の黒塚や、葛城と少年時代の一時期を過ごした青柳、そして実那の目的の人物である神山だけでなく、彼らの子供時代を知る屋島老人までもが入り混じって、恐るべき能力を持つ「在色者」たちの戦いが繰り広げられることになります。
 その一人一人の持つエピソードだけでも、個別の物語の主人公足り得る要件を満たすものであり、それらがすこしずつ繋がりを持ち、大きな物語を織り上げているのですから、本書は面白くならないわけがないと言えるでしょう。
 ですが、物語世界そのものが結集したかのような結末部においては、個人の物語などは小さな存在となってしまい、いかにも恩田陸らしく、本作でも唐突に個別の登場人物も読者も一緒に投げ出されるかのような幕切れが訪れます。この後○○はどうなってしまったのだろう?というような、個々人の物語の結末を読者に委ねるような着地点は著者らしさに溢れており、不思議なことに決して消化不良というわけではありません。それは、個々の物語が世界そのものの物語の終着点に昇華されたがゆえの結末がもたらす読後感であるからなのかもしれません。