恩田陸 『私の家では何も起こらない』

私の家では何も起こらない (文庫ダ・ヴィンチ)
 作家の「私」が買った家は、その昔叔母が住んでいた小さな丘の家の一軒家でした。幽霊屋敷として有名らしいその家を訪ねてきた男が期待するのは、その家の過去にあった数々の惨たらしい事件。アップルパイが焼ける甘い匂いの中キッチンで殺し合った姉妹。台所の床下収納にしまわれた、ジャムやピクルスと一緒に瓶詰にされるかどわかされた子供たちの一部。他の人間には見えない存在に語りかける、老人を次々に殺した少年。夜に這いずるような不気味な音を立てる何か。家の周りのウサギの巣穴に足を取られて命を落とした母子。丘の上に建つこの家を中心に据えて物語られる連作短編集。

 文庫化で再読。
 まず、表題作でありこの1冊の幕開けでもある『私の家では何も起こらない』で、その家を訪れた客である幽霊屋敷マニアの男が、何故そこが「幽霊屋敷」と呼ばれるに至る過去を持つのかを羅列することで、この一編がこの先に続く家の過去を語る物語をナビゲートする役割を果たします。そしてこれに続いて、その時代と人を変えて全て一人称で語られる物語たちはいわば各論であり、『附記・われらの時代』と題された最終部では、これらの各論にあたる物語は、この家に住んだ作家が書いた小説として扱われます。こうした、作中でのフィクション/メタフィクションの関係を生み出している入れ子構造がまた、「家の物語」の詩美性や幻想味を深める一因となっているといえるでしょう。
 幾度も陰惨な事件が起こる幽霊屋敷であり、それぞれの物語ではかなり血生臭い出来事が起こっているにもかかわらず、物語は終始一貫して穏やかさとどこか朗らかさを感じさせる語り口調で紡がれます。転々と変わる持ち主の人生という、人間の時間を超越した「家」というものを物語の中心軸として配置し、時代と語り手を変えつつも明るく穏やかな一人称で続く物語だからこそ、本作は恩田陸らしい幻想味に溢れたゴーストストーリーとなっているのかもしれません。