有栖川有栖 『闇の喇叭』

闇の喇叭 (講談社ノベルス)
 第二次世界大戦の終わりからの歴史が少しずつ変わったことで、その後の違った歴史を歩んだ日本の21世紀。北海道が独立して国は南北に分かれ、徴兵制があり、さらには国家権力を脅かすものとして探偵が禁止される世界。かつては私立探偵をしていたものの、やはり元探偵という過去から田舎に身を隠す父親とともに、高校生のソラは事件を追う中で行方不明になった母からの連絡を待って暮らしています。ですが、ソラたちの住む平和で何もない田舎町で謎の女が目撃されたり、身元不明の遺体が発見されたことで彼女たちの生活は一変することになります。

 これまでの著者の作品とは大きく異なる、「別の歴史を歩むことになったパラレルワールド」を舞台としたシリーズの幕開け作品。
 今後のシリーズ展開に向けて、描かれる特殊な世界を説明するという役割を持ち、ソラという少女が「探偵」としての苦難の道を歩むことを選ぶまでを描いた、言ってみればシリーズの序章的作品と言えるのかもしれません。
 そのために、純粋にミステリとしてだけ読めばややその比重は低いものの、トリックの構築にはやはり隙がなく、スチームパンクなどのいわゆる「歴史改変モノ」の系譜にある作品として楽しめ、さらにはソラをはじめとするキャラクターの魅力で読ませるタイプの作品としてのクオリティも評価すべきでしょう。
 また、本作の大きなテーマであるのは、後期クイーン問題以来、本格ミステリにおいては大きな課題であった「探偵」という存在そのもののテーゼに対するものであると言えるでしょう。シリーズの幕開けとなる本書では、探偵は謎を解き明かしても「勝利」を得ることはなく、苦難の道を強いられることになります。
 その辺りを含め、今後どのような展開と結末が描かれるのかが楽しみな作品。