「死」の臭いを感じることでこれまで数々の事件を解決した実績のある刑事の香西は、かつて担当した事件で犯人だと確信しながらも決定的な証拠を得ることが出来ずに時効を迎えてしまった事件を悔やみながら、間近になった定年を前にした日々を過ごします。定年間近であることで、他の刑事たちよりも時間に余裕のある香西が手掛けたのは、ある会社員の失踪事件でした。失踪した会社員の足取りを追ううちに、死体をDNAレベルまで破壊して溶かしてしまえるというゴミ処理施設の研究者の真崎が殺人を犯したのではないかと疑いはじめます。そんな中、心に引っかかっていた未解決事件の証人となり得る女性からの電話を香西は受けますが…。
退職間近の刑事が、捜査で裁きの場に出すことが出来ない犯罪者と独り対峙することで生まれる葛藤の物語。
本作では、福田作品の多くに見られるような、前向きに仕事に取り組む格好良さだとか、迷いながらもただ真っ直ぐに自身を貫いて前へと進んでいくようなポジティブさとは真逆とも言える、言ってみれば負のベクトルに満ちた一作。
本作で描かれる「怪物」は、良心であるとか、超えてはいけない一線を守らせるための制約としての社会的なしがらみであるとか、そういったことをものともせずに、法で裁くことのできない完全犯罪を周到にかつ軽々とやってのけます。
そんな「怪物」にやがて飲み込まれていった人間の末路とでもいうべきものが描かれる本作は、多くの福田作品とは異なり、決して爽快とは言えない後味の悪さを残す物語と言えるでしょう。ですが、この物語で描かれる負のベクトルの上に、今後の著者の作品が生み出されていくうえで、負の面からの人間性へのアプローチをした本作の持つ意義は大きいのかもしれません。
こうした「悪」を描く作品を読むうえでは、多かれ少なかれ勧善懲悪の分かりやすく読後感の良い結末を求める部分はありますが、「怪物」に飲み込まれた人間たちの、絶望の先を暗示した結末が印象的な一作でした。