上橋菜穂子 『流れ行く者 守り人短編集』

流れ行く者: 守り人短編集 (新潮文庫)
 村の大人からは眉を顰められていたものの、幼いタンダは密かに慕っていた「髭のおんちゃん」。彼が死んでから村の者を怨んで「出た」という噂と時を同じくして、村の畑の作物を食い荒らす害虫が大発生します。まだ子供であるタンダも、呪術師のトロガイに聞いたことを思い出し、害虫の退治を手伝いますが、「髭のおんちゃん」のことが気になってトロガイ師のところにいるバルサに相談を持ちかけます(『浮き籾』)。
 「ススット」という、サイコロを使った模擬戦争のようなゲームの賭け事で、その賭場の動きをコントロールする「ラフラ」と呼ばれる賭け事師。まだ子供ながらにススットの動きを読むことに長けていたバルサは、ひょんなことから高名な老ラフラの人生を賭けた勝負に立ち会うことになります(『ラフラ<賭け事師>』)。
 義父のジグロとともに隊商の護衛士の一員となった十三歳のバルサ。同行する、年老いて病に罹ったことで代替わりした隊商の主人に冷遇される護衛の男は彼女に、この稼業で生きて行くことの無常を語ります(『流れ行く者』)。

 上記の3編に加え、冬を迎える村でのタンダが描かれる『寒のふるまい』の全4編の守り人シリーズ短編集。
 本書は、既に完結した本編では常に「大人」であったバルサやタンダのまだ幼い時代の物語となっています。そこでは、当時の彼女らを見守り成長を促すタンダの家族や村人、用心棒稼業に身をやつす槍の名手であるバルサの義父のジグロ、さらには賭場での流れを支配する老女や、老いて力を失いつつある護衛士の男などの、人生の終盤を見据える「大人」たちと、まだ未成熟な部分を多分に残して「これから成長する」立ち位置にあるバルサらを描いた作品集となっています。
 それは、本編においては運命に翻弄される皇子チャグムや『神の守り人』に登場したアスラとチキサの兄妹らが、バルサやタンダをはじめとする「大人」たちと触れ合う中で何かを得て、そして成長する過程と同様のものが確実に世代ごとに受け継がれるという、変わらぬ人の営みの姿でもあるのでしょう。
 本編同様にこの短編集でも、そこに生きる人々の素朴でごくありふれた日常が描かれることで、ファンタジーとしての緻密で地に足の着いた世界構築がなされています。そして、描かれるのが完璧ではあり得ない人の日常の営みだからこそのリアルな姿があると言えるでしょう。