帝国の尚書官として、北嶺に左遷されたヤエトですが、ひたすらに「隠居」を夢見て栄達など欠片も望まない病弱な彼にとっては、この左遷も決して悪くはないものに当初は思えていました。ですが、赴任した先の北嶺ではあまりにも酷い会議と言う名の怒鳴り合いに日々うんざりしていたところにきて、よりにもよって皇女が太守として赴任して来て、ヤエトは副官に任命されてしまいます。過去を視てしまう神の「恩寵」という名の呪いを抱えるヤエトは、彼の望みに反して次第に皇家の後継争いや神々と魔物とが関わる世界の命運を賭けた戦いに巻き込まれて行きます。
独特な世界観を持った長編ファンタジー作品。
「神の恩寵」など、特殊な設定が、その世界を連綿と流れる歴史の中に組み込まれてることで、作品世界そのもののリアリティが確立されている点はまず本作の特筆すべき点と言えるでしょう。とってつけたような設定を生かし切れない、薄っぺらさを感じる作品も少なくないファンタジーという分野にあって、比較的途切れることなく常に良質な作品がそれなりに出てくる辺り、日本のファンタジー小説の分野も随分と成熟化してきたのでしょう。
同時に、読者が感情移入しやすい等身大でありながら魅力的なキャラクターたち、リーダビリティの高さなど、本作は幅広く読者を惹きつける要素を持った作品でもあります。
主人公を始め、登場人物たちは個人の手に負えない大きな流れに相対しては悩み、時に無力感に苛まれます。ですが、限られた選択肢の中で自身の最善を探し続ける強さを持っています。本作で描かれる登場人物たちは、卑小な人間としてのリアルな悩みを抱えながらも、課せられた問題を切り抜け前へ進もうとすることをやめないからこそ、読者を惹き付ける力を持った人物になり得たのでしょう。
また、ファンタジーという枠を借りて、国家という巨大なものを前にした時の個人、為政者としての在り方など、現実社会をデフォルメしたようなある種のテーマもまた本作には織り込まれていると読むことも出来ます。そうした。容易には答えの出ない複雑な問題提起をするのには、ファンタジーという土壌は意外にも有効なのかもしれないと思わされます。
次回作でシリーズ完結とのこと。物語が、そして登場人物たちの着地点がどこになるのか、刊行を心待ちにしたいと思います。