秋川滝美 『居酒屋ぼったくり』

居酒屋ぼったくり
 下町の商店街に佇む、両親が遺した「居酒屋ぼったくり」を妹の馨とともに切り盛りする女店主の美音。様々な思いを抱えながら美味しい料理と絶妙のチョイスで供される酒を楽しみに、常連たちは店にやってきます。

 改めて言われなければ、WEB小説の書籍化作品とは思えない、広く読まれる要素を持った連作短編集。
 料理が美味しそうと感じさせる描写を持った物語というのは、それだけで魅力ある読み物になり得るものではないかと思ってしまいますが、本書はその料理が、物語中の登場人物たちの心情に切り込み、時に心を解きほぐすガジェットとして有効であることで、読む人を安心させる「いい話」が出来上がっている一冊と言えるでしょう。
 出版元のレーベル、あるいはもともと掲載されていたネット小説の読者層から言えば、恋愛要素の強い女性向けの読み物を求める層が多いのでしょうが、そうした読者のターゲット層の垣根を越えたほうがむしろ、本書は評価される要素が強いのかも知れません。
 本書では特に事件が起こるわけでもなく、また恋愛要素もどこまでも穏やかに、ひっそりと育まれる過程であるがために、とりたてて劇的な何かがあるわけではありませんが、だからこそ「いいな」「こんな店があったら行ってみたいな」と自然に読者に感じさせる物語となっているのでしょう。