吉永南央 『名もなき花の 紅雲町珈琲屋こよみ』

名もなき花の 紅雲町珈琲屋こよみ (文春文庫)

 紅雲町で珈琲と陶器などの雑貨を売る小蔵屋を営む老女のお草さん。彼女は、コーヒーの師匠である人物から頼まれて、新聞記者の若者萩尾を手助けすることになってしまいます。自身も利用する八百屋で野菜の産地の偽装疑惑があるということですが、八百屋の主人や奥さんを直接知っていることで、お草さんは複雑な思いを抱きます。さらには、萩尾が師事する在野の民俗学者の勅使河原やその娘のミナホも絡み合い、15年前に起こったある事件が浮かび上がってきます。

 シリーズ3冊目である本書は、新聞記者の萩尾という人間を軸にして各編が繋がり、さらには15年という長い年月の間に埋もれた出来事の真相が浮かび上がるという、連作短編集となっています。
 かつて我が子を失ったことを、今でも悔い続けているお草さんは、シリーズ作品で一貫し、老いることで様々なことを俯瞰的に見ることが出来ると同時に、自分たち老人が日々何かを失い続けて行くこと、そしてその哀しさを知るキャラクターとして描かれます。
 そんなお草さんの前に、何やら過去にあったことで鬱屈を抱え、融通の利かない独りよがりな若者の正義感に突き動かされながらもどこか中途半端な萩尾が絡むことで、もやもやとしたものをお草さん自身も抱え込んでしまいます。複雑になった事態の根底にあるのは、誰かが誰かを思う気持ちや嫉妬、正義感、期待や野心など、誰もが持っている程度の感情であり、その結果の後悔です。
 各編に織り込まれるそれぞれの物語は、どれもやり切れない苦さを含んでいるものですが、だからこそ少しだけ見える救いが引き立つ結末となっているのでしょう。