法条遙 『忘却のレーテ』

忘却のレーテ (新潮文庫nex)
 車の事故で両親が目の前で亡くなったことで「死」への耐えがたいトラウマを植え付けられた女子大生の笹木唯。彼女は、父親が役員をしていた製薬会社の臨床実験に参加することとなります。一定の期間の記憶を忘れさせることが出来るという新薬「レーテ」を閉ざされた研究施設の中で投薬されることになる唯は、毎日記憶がリセットされる七日間を過ごすことになります。

 冒頭に挿入されたエピローグで外界から閉ざされた実験施設から主人公の唯が解放される場面から始まるこの物語は、唯が過ごす11月1日から11月7日の、日にちごとに章分けされています。その日が終わり、強制的に投与される薬剤によって眠りにつき、翌朝には記憶はリセットされて、次の一日が始まる度、何故自分がその場所にいるのかを忘却させられ、毎日同じスタッフや博士らとの「初対面」を繰り返すこととなります。
 冒頭の「エピローグ」から、「11月1日」の物語を読む中で感じた小さな違和感は、解消されることなく物語は1日ごとにリセットされ、また新たな繰返しへと続いて行くことになりますが、章のタイトルに記された日にちが進むごとに、当然ながら読者への情報量は増えて行きます。
 最後に明かされる大きな「仕掛け」のためにだけ構築されたとも言えるこの物語は、クローズドな舞台立ての中で繰り広げられるSFであると同時に、大仕掛けなミステリとしての側面を併せ持つ一作と言えます。
 ただ、いかに「仕掛け」のための物語であるとしても、如何せん動機の核となるべき唯のトラウマや博士の心情に対する書き込みには説得力の弱さを感じる部分は否定できません。それでも作りそのものは端整で、雰囲気のある作風であると言えるでしょう。