伊坂幸太郎 『ガソリン生活』

ガソリン生活 (朝日文庫)
 望月家の兄弟が乗る緑のデミオに、突然乗ってきたマスコミに追われる女優。頼まれた場所まで彼女を送り届けた二人でしたが、その後彼女がフリージャーナリストに追われて、乗った車がトンネルで事故を起こして同乗者と共に死亡するという痛ましい事件が起こってしまいます。さらには、望月家の長女が付き合っている男が原因で巻き込まれる死体遺棄事件、弟の亨へのクラスメイトによるたちの悪いいじめなど、家族の遭遇する事件を見守る緑のデミオの物語。

 物語の語り手であり、主人公であるのは車である緑のデミオであるというのが、まず本作における一番の特色でしょう。車という非生命に意思を与え、作中に車同士の会話を入れることで、登場する人間たちには知り得ない情報を、読者は得ることが出来ます。さらには、人間ではないからこその打算のない純粋な視点が、本作の一番の味であるエピローグへと繋がっている点も、特筆すべきことでしょう。
 他の伊坂作品と比べれば、登場人物の破天荒な個性と洒脱な会話回しや、怒涛の伏線回収の凄味といった面では、どちらかといえば本作は大人しい感じも受けますが、デビュー作から変わらず貫かれる著者の「正義」はブレることなく存在し、読者も幸せを感じるようなエピローグの演出の見事さがある一作。