三津田信三 『黒面の狐』

黒面の狐
 戦争が終わり、満州から引き揚げてきた物理波矢多(もとろい・はやた)は九州の炭鉱で働くことになります。ですが、悪質な斡旋業者から波矢多を救ってくれ、口利きをしてくれた合里という男が、落盤事故で坑道に取り残されてしまいます。それを機に次々と仲間がしめ縄で首をくくるという不審な死を遂げる中、黒い狐の面をかぶった何者かの姿がその周辺にちらつきますが・・・。

 戦後間もなくの混乱期の炭鉱を舞台とした作品。まだ戦争を引きずっている時代背景の中の炭鉱という、ある種の閉鎖空間における物語展開に求められたゆえか、シリーズ探偵の刀城言耶ではなく新たに物理波矢多という人物を主人公に据えた模様。
 暗い坑道の奥に棲み、炭鉱夫を連れ去る黒面の狐の怪異と、連続して起こる事件という、いかにも著者らしいホラーとミステリの要素を併せ持つ本作ですが、内容的には如きシリーズよりもさらにミステリ寄りといった印象。それは、戦時中から戦後の炭鉱と、そこであった朝鮮人労働者の徴用の実態などの、史実を綿密に取材したことによるリアリティで本作が、ある種の社会派作品にもなり得ているということでもあるのでしょう。
 個人的には、もう少し怪異のウェイトが大きい方が好きですが、こちらもシリーズ化が仄めかされている感じなので、今後あるいは別のシリーズと繋がるのかもという期待もしておきます。