上橋菜穂子 『鹿の王 1〜4』

鹿の王 1 (角川文庫)鹿の王 2 (角川文庫)鹿の王 3 (角川文庫)鹿の王 4 (角川文庫)

強大な力をもってアカファを併合した東乎留に最後まで激しく抵抗した勢力の生き残りの男であるヴァン。奴隷となって岩塩鉱に送られた彼の前に、突然黒い獣が襲いかかります。そして彼が高熱から覚めると、一人の幼子を残し、全ての人が死に絶えていました。ユナと名付けた幼子と共に、密かに逃亡をするヴァン。
一方、岩塩鉱の人々を死に追いやったのは、黒狼を介してかつて一つの国を滅亡させた病であることに気付いた医術師のホッサル。蔓延すれば恐ろしいことになる病を防ぎ、治療方法を模索しようとするホッサル、入植してきた東乎留人と元からそこに生きてきた民との間の深い溝。権力を持つものたちの思惑や、国の存亡と葛藤をはらみつつ、物語は展開します。

群れの弱いものを逃がすために若くはないが十分に強い牡鹿が、敵の前に立ちはだかる――鹿の王と呼ばれるこうした姿に重ね合わせたかのような生き方をする主人公のヴァン。
そしてもう一方の主人公のホッサルは、天才的な医師であり、病原菌を異物として戦い退け、またある時はそれを体内に取り込むことさえある人の体と国の姿を重ね合わせて見ています。
この二人が出会った時、物語は一つの方向に収束し、一気に世界の在り方までもはっきりと姿を表します。
また、現代に生きる作者と読者だからこその、病気というものについての考え方を作品世界の軸に持って来たことで、描かれる世界観や人の生きざまが、地に足がついたものになっていると言えるでしょう。
結末部分で敢えてはっきりとは描かれない行く末ですが、おそらくは読者はそれぞれの頭のなかで、作者が示唆した結末を得ることのできる読後感も印象的。