乾くるみ 『カラット探偵事務所の事件簿1』

カラット探偵事務所の事件簿 1
■学生時代からの友人の古谷に誘われ、井上は「カラッと解決いたします」を謳い文句に開設した「カラット探偵事務所」に勤めることになります。あくまでも依頼は「謎の解明」にこだわる古谷の元に持ち込まれたのは夫の浮気調査でしたが、その夫が浮気相手の女性と交わしたメールの中に、「鳥骨鶏、横にずれ消えた!」という不審な文章が入っていました。(『File1 「卵消失事件」』)
■家に矢が打ち込まれたと事務所に相談に来た女性の家は、その辺りで良く知られたチェーンの社長宅で「武家屋敷」と近所では呼ばれる家でした。矢を打ち込んだのは家の内部の人間なのか、それとも外の人間なのか。家族の中の小さな不協和音とともに、古谷は鮮やかに謎を解き明かします。(『File2 「三本の矢」』
■雑誌に広告を出したものの、相変わらず依頼らしい依頼の来ないカラット探偵事務所にやって来たのは、祖父の残した三首の和歌の暗号を解いて欲しいという大学生でした。三つの歌全てに「兎」という文字が入ったその暗号は、家に隠された財産の在り処を指し示しているのだと言います。(『File3 「兎の暗号」』
■十年ほど前に行方をくらました父親が写った写真を、匿名の相手から送られてきた女性は、彼女の父親の居所を探して欲しいという依頼に来ます。ですが、その男性とともに写っていた別荘が、写真を撮った日付の直後に消失して、そこから遺体が発見されたことが分かりますが…。(『File4 「別荘写真事件」』
団地の住人に無差別に送られてくる主婦の不倫告発の怪文書について相談に来た自治会長によれば、最初の被害者は決して不倫をしているわけではなく、また二番目の被害者も妻には先立たれた夫であり、その家の主婦が不倫をしているなどということは有り得ないと言います。誰が何故、そのような怪文書をばら撒いたのか。(『File5 「怪文書事件」』
■中学時代からの友人で、高校の時には古谷とともに三人の仲間であった女性の早苗が結婚するという知らせを井上は受けます。その結婚式の場で新婦の父親が相談してきた謎は、早苗の結婚相手の男性を初めて家に連れて来た日、二人が手土産に持って来たケーキの製造時間を考えると、その時間には家に辿り着けたはずがないというものでした。(『File6 「三つの時計」』

 最後の最後で著者らしい仕掛けはみられるものの、全体的に軽めの日常の謎系のミステリといったテイストで、サラリと読める連作短編集。著者の代表作でもある『イニシエーション・ラブ』などと比べると、ミステリとしての技巧面ではそれほど目新しいものはありませんが、本書においてはオーソドックスに「謎を解く」というパズル要素が多くが盛り込まれ、エンターテインメント性の高いものとなっています。その意味では従来の乾くるみのファンで、著者の見せるアクロバティックなスゴ技を期待する向きには物足りない部分もあるでしょうが、個人的には小説として、エンターテインメントとしては、後味も良いこうした作風も大歓迎。
 また、それぞれの短編においては、探偵は単に事件を解決すること以上に、そこにいる当事者たちにとっての最良の解決を導こうとする意図が根底にあり、結果的に読後感も含め安心して読める作品となっていると言えるでしょう。
 個性的で鮮やかに謎を解くけれども、どこか人間としてのリアリティの面ではいびつな部分を持つ探偵と、それを支えるワトソン役の配置も綺麗に決まっており、シリーズの今後の展開も期待できます。特に、シリーズを通しての重要な脇役というポジションは、今のところあまり掘り下げられていない部分もあるので、今後その辺りの広がりがあるかどうかも期待のしどころかもしれません。