e-NOVELS編 『川に死体のある風景』

川に死体のある風景 (創元推理文庫)
 高校生が死体のふりをして川を流れ、それを撮影してネット上で中継する悪ふざけの最中、本当に死人が出てしまった、歌野晶午の『玉川上死』。転落したと思われる車が三台同じ場所から発見されその中から遺体が発見されるが、それぞれ個別の事故と思われていた三件の事故には、実は繋がりが合ったという、黒田研二の『水底の連鎖』。山で遭難事故が起こり、それを救助するために協力した一人が死体となって沢で発見される事件の真相を暴く、大倉崇裕の『捜索者』。南米のとある刑務所で、そこに居るはずの無い人間が脱走した揚句に死んだという、伯父がかつて関係した事件を聞かされる青年の物語を描く、佳多山大地の『この世で一番珍しい水死人』。その土地に伝わる悪霊に憑かれたという、奇行を繰り返す女の除霊を行うものの、後日その女の死体が川に浮かんだ奇譚を描く、綾辻行人の『悪霊憑き』。桜川に浮かんで死んでいた同級生の美少女の写真を持って現れた、部長の江神の友人の疑惑にアリスらが謎の解明を行う、有栖川有栖『桜川のオフィーリア』。

 6人のミステリ作家陣による、タイトルの風景をお題にした短編競作集。直球のミステリあり、変化球ありで、それぞれの個性が見事に表れた競作を楽しめます。
 直球のミステリとしては、巻頭を飾る歌野晶午の『玉川上死』、続く黒田研二の『水底の連鎖』が挙げられるでしょう。
 当初は人騒がせな高校生の悪戯であった「川を流れる死体」が、警察が捜査するうちに現場で本物の死体が発見される『玉川上死』では、短編というコンパクトな枠組みの中に、物語内における説得力を備えた犯人の動機や犯行のトリックがしっかりと描かれ、なおかつ読者を突き放すような現実を見せつけて残す余韻も素晴らしいと言えましょう。
 そして三件の自動車転落事故と、当初は無関係と思われたそれらの事故が一連の繋がりを持ってくる『水底の連鎖』では、キッチリと提示される手掛りをもとに組み立てられる結末が綺麗な落とし所を見せる、パズルものとしての面白さを堪能できます。
 共通テーマである「川ミス」からはやや外れて、著者があとがきで述べるように「山ミス」といった色合いはあるものの、『捜索者』では堅実に組み立てられた読みごたえのある物語を楽しめます。犯人の意外性という部分では、ある程度読み慣れた読者には弱い部分もあるかもしれませんが、被害者と犯人との間にある意外な過去の繋がりが自然に出てくる辺りは、物語を少し膨らませたらそのままドラマに出来そうな感じもあります。
 著者にとっては処女作品に当たるという『この世で一番珍しい水死人』では、やや「川に死体がある」というテーマそのものの必然性が薄い印象もありますし、時間軸が変わって語られる物語がやや唐突で、しかも登場人物があまり頭に入って来ないという部分や、結局この一編では現在時制での物語が終わっているとは言い切れない消化不良の部分も指摘できるでしょう。ですが、独特の情緒を持った空気感のような魅力を感じる物語でした。
 異色ということでは最も異色で変化球であるのが、『悪霊憑き』。綾辻行人の『深泥丘奇談』に収録されているシリーズ作品で、著者を思わせる主人公が住む、どこか日常に違和感の紛れ込む架空の土地の魅力が感じられる一作。その世界設定ならではのミステリという意味合いでも、本作は秀逸な一編と言えるでしょう。
 そしてラストを飾る有栖川有栖の『桜川のオフィーリア』は、学生アリスのシリーズ作品となっています。シリーズ内の時間軸では割と初期の時間に位置するもので、まだ登場していないメンバーもありますが、江神とともに部を創設した人物が登場するなど、シリーズ読者には嬉しい一作と言えるでしょう。当然のように謎を解きをはじめるメンバーの会話が堪らない一編。
 これら六篇、見事に個性があらわれた作品揃いということで、アンソロジーとしての楽しみが詰まった一冊となっています。