近藤史恵 『サクリファイス』

サクリファイス (新潮文庫)
 他人の思惑を押し付けられて「勝つ」ことを強要し続けられることに嫌気が差して、陸上からロードレースの選手に転身した白石誓。レースの記録に名前すら残らない捨て駒になってでもチームのエースを勝たせるための、アシストとして彼はプロチームに所属しています。最近伸びてきた新人の伊庭と、チームのエースである石尾との間の緊張を示唆する仲間。そして、エースの石尾には、かつて彼に迫る勢いで成長してきた若手を故意に潰したのではないかという疑惑があることを、白石は知らされます。

 陸上選手から「自分が勝つこと」のみを追求しないロードレースに転向した白石の内面。チームのエースを勝たせるために、時には捨て駒にさえされる「アシスト」の役割。この独特な世界でのレースの駆け引き。そうしたものが抑えた調子で淡々と語られますが、その中にも主人公の感情はレースでの昂揚感あり、疑惑に直面しての緊張感ありで、物語は展開していきます。
 そして、主人公の白石の内面と、一人の選手として飛躍していこうとする姿が描かれる前半から、終盤になってそれまでは微かな不安として仄めかされていたものが一気に噴出し、事件へと繋がっていきます。
 そして、終盤で起こる事件の謎は、動機が何であったのかというホワイダニットになりますが、それが明らかになった際に、「エース」と「アシスト」の関係が描き出される結末の重さが実に鮮やかに浮き彫りにされます。
 ロードレースにおいて、アシストを犠牲にする非情さの上に勝利を掴むからこそ、その勝利の重さがエースに圧し掛かる。この「重さ」という特殊事情があればこその「動機」に納得です。