[読了] グラディス・ミッチェル 『ソルトマーシュの殺人』

ソルトマーシュの殺人
 牧師館でメイドそしていた女が父親を明かさずに赤ん坊を産んだ――その父親が誰なのか、そして世話になっている宿の女将さん以外には誰にも赤ん坊の姿を見せないが、何故その子供を見せようとしないのか。
 そんな謎から始まり、やがて起こる殺人事件の解決に乗り出したのは、村の名士であるサー・ウィリアムのところに滞在していたミセス・ブラッドリーです。魔女の血を引くこの名探偵の際立った個性といい、それに負けないくらいに個性的な村の人間達、そしてこの事件ではミセス・ブラッドリーの助手役を勤める副牧師のノエル・ウェルズの困惑振りといい、ミステリの黄金期の作品に相応しい要点をキッチリ押さえてある作品です。
 真相の究明を進めるにつれて明らかになる登場人物たちの裏側や、結末の意外性、作者による意図されたミスリードなど、どこをとっても不足無しの本格ミステリの要件を備えた作品だと言えるでしょう。最後の犯人との対決、そして結末の付け方のケレン味といい、文句なしの面白さを持っています。
 ただし、真相究明の過程で少々事件の本筋以外のところに重点を置き過ぎているために、些か冗長な印象も受けたのは事実です。
 ですが、そうしたものも含め、最後に「付録」として付けられている「ミセス・ブラッドリーの手帳」なる時系列に沿ったメモ書きを見れば、全てが鮮やかに再構築されます。(この部分は最初に読むと完全にネタバレなので、後ろからめくると非常に危険ではあるのですが。)
 また、この手記の最後の一行の鮮烈さは類を見ないものだと評価することが出来るでしょう。
 もっとミセス・ブラッドリーのシリーズが日本で読めるようになる事を切に願ってしまいます。
 このグラディス・ミッチェルという人は、英国ミステリの黄金期の作家で、クリスティーだのセイヤーズだのと同じ時代に活躍していた作家のようですが、日本では今ひとつの知名度なんでしょうか。絶版になってるらしい『トム・ブラウンの死体』とかも読みたいですが、とりあえず晶文社から出ている『月が昇るとき』を探そうと思います。