恩田陸 『ブラザー・サン シスター・ムーン』

ブラザー・サン シスター・ムーン
 読書が趣味の楡崎綾音、ジャズバンドでベースを弾く戸崎衛、映画好きの箱崎一。高校生の時、学校の課外授業で同じ風景を目にした三人は、大学でそれぞれのサークルに入り、そして卒業後にそれぞれ異なった道を歩みます。

 読書、音楽、映画という、それぞれが著者自身の趣味を担わせた3人の登場人物による、「大学時代」を振り返る青春小説、中でも作家となる綾音の姿には、恩田陸自身が多分に投影されたことが窺がえます。
 必ずしも「将来」に繋がることなく、ぽっかりと宙に浮かんだような「大学時代」の4年間を、三人それぞれが核とするものを中心に思い出として再構築し、社会人となった「現在」からその時代を回想し、かつて高校時代に見た光景が三人共通の原風景として浮き彫りにされます。
 本作は、過去に謎があるわけでもなく、また死が浮き彫りにされるわけでもありません。そこに描かれるのは、ひとつの原風景を共有する三人の若者の青春であり、彼らが過ごした「時代」です。
 バブルを前にして学生にとっては空前の売り手市場、社会人になる前の宙に浮いたような4年間という大学生活を、ただ何を為すでもなく費やすことの出来た、ある意味幸福な時代が本作には描かれており、おそらくはその時代を知る読者にとってはある種のノスタルジーを感じさせる空気があるのでしょう。
 特に大きな盛り上がりも、後を引くような何があるわけでもないながらも、彼らの大学4年間とその時代を切り取った、ただ心象風景が流れていくだけのような独特の持ち味をゆるやかに感じさせてくれる青春小説。
 『文藝』2007年春号に掲載された短編『糾える縄のごとく』では、本作の三人の主人公たちが高校生の時が描かれているそうで、その短編が一緒に収録されなかったのは残念。