米澤穂信 『秋期限定栗きんとん事件 上/下』

秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)
 放課後の教室で告白を受けた小鳩君はその女生徒と、小山内さんは新聞部の現状に不満を抱く瓜野と、それぞれに交際を始めます。そして小山内さんに良い所を見せたい瓜野は、近隣で多発する放火事件の法則性に気付き、部で発行する新聞のコラム欄に犯人が次に放火する場所を予想した記事を掲載し、見事にそれを的中させますが…。

 夏の事件で決別をした小鳩君と小山内さんが、それぞれ別の相手と付き合い始める――この、シリーズ読者には何とも衝撃的な始まりから、新聞部で野心を抱く瓜野が書くピタリと当たる放火事件の記事と、何やら暗躍する小山内さん。
 小市民を志すために一緒にいた二人が、共にいることが目的にはマイナスに働くからと別れたにも関わらず、小鳩君は小鳩君で新たに付き合い始めた女子生徒相手に推理癖を抑えられず、小山内さんも真っ黒に暗躍し続けます。
 主に上巻では、軽いジャブとばかりに日常の謎的なものに対しての小鳩君の小気味の良い推理がいくつも惜しげなく盛り込まれていますが、下巻では徐々に、新聞部での瓜野の野心と放火事件に比重が移されていきます。放火事件の犯人の意外性という意味では、割とオーソドックスな犯人設定と言えるでしょう。ですが、小山内さんと決別したはずの小鳩君が自らこの事件に関わるプロセスが、この上なく説得力を持ってきっちりとした伏線のもとに描かれ、さらには小鳩君の仕掛ける犯人の絞込みも実に鮮やか。
 結末部で"狼"の本性を見せる小山内さんのどす黒さは強烈ですし、「マロングラッセ」と「栗きんとん」のキーワードの使い方がこれまた秀逸。
 事件の顛末以上に、二人の出す結論に至る道筋が、これ以上ないほど丁寧な伏線で導かれた1作。