蒼井上鷹 『これから自首します』

これから自首します (ノン・ノベル)
 映画監督の勝馬もとにやってきた小鹿は、勝馬が今度撮ろうと思っている映画のモチーフとなった男、砂町を殺してしまった、これから自首をすると打ち明けてきます。ある事情から小鹿の自首は絶対に阻止したい勝馬は、小鹿と砂町の間に起こった出来事を何とか聞き出します。どうやら砂町も殺人を犯し、最初は自首をするつもりだったというのに、それを翻したことで言い争いになった挙句に小鹿は砂町を殺してしまったらしいことが分かります。勝馬は、死んだ砂町が何か重要なことを思い残していた可能性を小鹿に示唆し、それを明らかにしようとすることで小鹿の自首を思いとどまらせる時間を稼ごうとしますが…。

 自首するはずだったのにそれを翻した男と、自首をしたいのに思い留まらせられる男、自首をさせたくない男の、それぞれの事情が絡み合うミステリ。
 冒頭から、それだけで完結し得るような自首のエピソードが挿入され、またそれらの幾つものエピソードが効果的に使われる本作は、終始ユーモラスな語り口調で展開され、自首をめぐって様々なスタンスにある登場人物たちの思惑が入り乱れる、複雑な人間関係の面白さのある作品と言えるでしょう。
 ただ、序盤で明らかになる勝馬の「自首させたくない事情」は実にありがちですし、終盤で明らかになる砂町の事情に結び付くヒントとなる、暗号めいた言葉遊びでの若干のリアリティの欠如は指摘できるでしょう。
 また、結末にしても決して後味の良いものではなく、物語や登場人物の性質からも、ある程度読者の好き嫌いは分かれる可能性はあるような気もします。