『蝦蟇倉市事件1』

蝦蟇倉市事件1 (ミステリ・フロンティア)
蝦蟇倉市という架空の土地を共通の舞台にし、道尾秀介伊坂幸太郎大山誠一郎福田栄一、伯方雪日の四人が執筆をした競作アンソロジーの第一弾。
左手に自殺の名所である弓投げの崖を臨みながら蝦蟇骨スカイラインを南下する場所は、事故の多い場所として知られています。いわくつきのその場所、カーブを抜けた先のトンネルの入り口で、前にいた車が突然Uターンしたことで、安見邦夫は事故に遭ってしまいます。ですが、事故を起こした車に乗っていた若者たちは、その事実を隠蔽しようと邦夫を殴打します。そして、犯罪被害者の遺族となってしまった邦夫の妻の弓子の周囲には、事故を起こした加害者の影がちらつき、さらには怪しげな宗教団体の思惑までもが絡みます。(道尾秀介『弓投げの崖を見てはいけない』)
蝦蟇倉市をぶらりと訪れた青年に声をかけたのは、スーパーの敷地内で「相談屋」なるものを営む稲垣という男でした。稲垣は、一週間後にやってくるはずの相談者の相手を稲垣に成り代わってして欲しいというバイトを持ちかけ、青年はこの奇妙なアルバイトを承諾してスーパーの敷地に建つプレハブ小屋での生活を始めます。(伊坂幸太郎『浜田青年ホントスカ』)
不可能犯罪の専門家である真知博士のもとに、十年前に自宅で起きた銃撃事件の真相を解き明かして欲しいという依頼がなされます。その事件とは、依頼者の水島賢一の父親が雪の積もる朝に、自宅の庭にある四阿から発砲されたと思われる銃によって命を落としたという事件でした。ですが、周囲に足跡もないこの不可解な現場で起こった当時の話を聞く真知博士は突然猛烈な眠気に襲われ、目を覚ました時には、博士が殺したとしか思えない銃殺死体が残されていました。(大山誠一郎『不可能犯罪係自身の事件』)
亡くなった祖父が営んでいた和菓子屋の店先にあった木像の大黒天が騙し取られ、失意に沈む祖母を思う靖美と輝之は、大した価値もないはずの大黒天を奪った人物を突き止めようと奔走します。大黒天と、この木像の由来を知っていたであろう祖父のことを調べるうちに2人は、祖父の思わぬ過去に行き当たります。(福田栄一『大黒天』)
元プロレスラーの市長によって蝦蟇倉市で開催される格闘技イベントGカップに、地元枠として高校生ながらに出場の決まった鳴海は、市長の友人の彫刻家によって新しく作られた銅の仏像の除幕式で、地元の有名格闘家が市長発見されとその彫刻家を、公然と非難している場面を目撃します。ですが、滅多なことでは動かすことも出来ないような重さの仏像の下敷きになって死んでいた彫刻家の死体が発見され、さらには仏像の一部からは格闘家の血痕も発見されます。第一戦で世界的有名な格闘家に勝利を収めてしまった鳴海に、「仏像が動いた」のを見たと友人は訴えます。(伯方雪日『Gカップ・フェイント』)

 不可能犯罪の率が異様に高い蝦蟇倉市という架空の土地を舞台にし、共通の舞台設定の元に四人の作家が競作を果たす作品集の第一弾。それぞれの作品では登場人物の一部もリンクしており、各作家によって舞台となる蝦蟇倉市という奇妙でいながら魅力的な場がしっかりと構築されていると同時に、それぞれの作品には書き手のの個性が見事に現れた一冊と言えるでしょう。
 読んでいてゾクリとするようなリドル・ストーリーを思わせる道尾秀介の『弓投げの崖を見てはいけない』に始まり、飄々とした登場人物のかたりによる奇妙な自体の成り行きが思わぬ真相を見せ、さらには道尾作品へのアンサー・ストーリーをも兼ねる伊坂幸太郎の『浜田青年ホントスカ』。個性的な作家陣の中では地味ながらも、しっかりとした構造の上に展開される物語のリーダビリティが抜群の、福田栄一の『大黒天』。さらには異色の格闘技・ミステリーという、コメディタッチながらも、大掛かりな本格ミステリ(あるいはバカミス)の面白さを堪能できる伯方雪日の『Gカップ・フェイント』。
 ひとつの架空の街を舞台にした競作ということでは、我孫子武丸有栖川有栖らの「まほろ市」のシリーズも前例にはあるものの、各作品のリンク度合いや、作中にそれぞれの事件との時系列までも見て取れる本作の方が、企画の練り具合の深さをうかがうことが出来ます。