道尾秀介 『カラスの親指』

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb
 悪質なヤミ金に借金をしたことで家族を失った武沢は、似たような過去を持つテツと組んで詐欺をはたらいていました。ある時二人が住むアパートから不審火が出たという連絡を受けた武沢は、それがかつて関わったヤミ金業者のヒグチの復讐であることを懸念して、テツとともにその場を逃げ出します。そして、テツの名前で新たに借りた家で始まった生活に、一人のスリの少女が入り込んできたことから、彼らの毎日は一変します。増える同居人、そして武沢を狙うヒグチらヤミ金業者相手に、彼らは大仕掛けを打って出ることになります。

 本作は、借金によって悲惨な形で家族を失った武沢の視点を中心にしながら、同じように悲惨な過去を持ちながらも飄々としたテツの存在などによって、暗さよりもユーモアを感じさせる作風となっています。ですがこのユーモアに満ちた空気こそが、最後に全ての構造がひっくり返った後に生きてくるものであり、各所に散りばめられた細やかな伏線の秀逸さを最後まで気付かせない煙幕にもなっている部分は技巧的にも高いものと言えるでしょう。
 真っ当に光の下だけを歩いて生きていないながらも、どこか真っ直ぐでしたたかな登場人物たちが、普通には太刀打ち出来ない悪人に対して大仕掛けをもって挑むという構図、どこか洒脱な言い回しや雰囲気を効果的に使う辺りなど、どうも伊坂幸太郎辺りが書きそうな雰囲気が本作には満ちています。
 ある意味、「何故これを道尾秀介が書かなくてはならないのか」と首を傾げる部分もありましたが、最後に大きくひっくり返る仕掛けや、そこに至る綿密な伏線には、やはり道尾秀介ならではの手際を見て取ることは出来るでしょう。
 やや綺麗事に纏まってしまい、毒が薄いことを物足りなくも思いますが、最後のエピローグ部分で、敢えて時系列を入替えた配置をすることでもたらされる、絶妙の読後感はありました。