湊かなえ 『Nのために』

Nのために
 裕福な夫婦が、彼らの住むタワーマンションで殺害されます。現場に居合わせたのは、ダイビングのツアーを通じて夫妻と知り合い、親交を深めた女子大生の杉下希美と、たまたま殺された夫の方の会社に入社していた安藤望。杉下希美の郷里の同級生で、その縁で夫妻の部屋にバイト先レストランの出張サービスをすることになった成瀬慎司。杉下と安藤が住んでいたアパートの住人で、殺された妻の方の不倫相手だった西崎真人。関係者と犯人自身の供述で、全てが完結したかに見えた事件の背景には何があったのか。そしてその場に居合わせた彼らはそれぞれ、何を思って誰のために何を為したのか。

 関係者の証言で幕を開ける第一章の時点では、それぞれの事件とのかかわりと立ち位置が描かれます。
 ですが、その後の登場人物一人一人によるモノローグが積み重ねられていくうちに、それぞれの思惑が複雑に織り成した結末である事件は、当初見えていただけのものとは様相を異にしてきます。
 登場人物ひとりひとりの冒頭の供述で幕を開け、それが各人のモノローグに進むことで、幾つもの面を見せ、真相が紐解かれるという、本作でも用いられるこの構成は、デビュー作から一貫して著者の得意とするところなのでしょう。
 この手法によって描かれる本作では、登場人物の多くが抱えている、彼らの生きてきた環境によって形成された歪みが徐々に抉り出されるさま、特に女子大生杉下希美の人物造詣には説得力が生まれていると言えるでしょう。
 ですが、デビュー以来一貫して、こうしたテクニックの作品が些か続き過ぎて、作品からもたらされるインパクトがだんだん薄れているような感じも若干しないではありません。
 ですが、冒頭で提示される事実関係と人物関係、そこから受ける登場人物の印象が、各人のモノローグによって見せ掛けでは分からない彼らの内面にまで踏み込んで描き出す人物造詣と、流れるように展開する物語のリーダビリティとのバランスの良さは評価に値する部分でしょう。