有川浩 『空飛ぶ広報室』

空飛ぶ広報室
 ブルーインパルスに乗ることを夢見ていた空井は、その夢を目前に事故に遭い、パイロットとしての道を断たれます。「詐欺師」の異名を持つ癖のある上司の鷺坂、ベテラン広報官で先輩の比嘉、比嘉に対抗意識を燃やす俺様の片山、オッサンのような振る舞いをする残念な美女の柚木、柚木の振る舞いに苦言を呈す「風紀委員」のような槇など、個性的な面々に囲まれ、空井は航空自衛隊の広報の仕事に就きます。これまでとは全く異なる職務に就いた空井ですが、記者上がりで自衛隊に対して否定的な見方のテレビ局のディレクターである稲葉の担当にさせられます。そんな彼女から「戦闘機は人殺しのための機械」と言われ、空井はついついキレてしまいますが…。

 夢が叶う寸前で、突然にこれまで歩んでいた道を何もかもを無くしてしまったような空井が、新しい道を歩み始めるところから本作はスタートします。
 自身の境遇を受け容れ新しい人生を歩み始めたような空井が、序盤はあっさりしているようにも見えたからこそ、第1話のラストになってようやく吐き出された彼の慟哭は、読み手には一層痛々しく響きます。そしてそんな空井と、望んだキャリアを取り上げられたという鬱屈を抱いている稲葉とが互いに影響しあうことで、彼らは終わった夢の余生ではなくて、過去の自分がある上での新しい人生を歩み始めることになります。
 さらに、鼻につく先輩の片山や、温厚そうに見える先輩の比嘉、男勝りの柚木や彼女に口うるさい槇という同僚たちにも、彼ら自身の複雑な思いを抱えていることが、次々に仕事をこなし、物語が進むと同時に分かってくる構成で、本作は物語が展開していきます。本作は、主人公含め登場人物たちの魅力が読み進めるほどに大きくなってくる、著者らしさに満ちた作品と言えるでしょう。
 一方で、このような自衛隊+お仕事小説となれば、著者のまさにお得意路線であり、その意味では作品の空気にしろ描いているものにしろ、これまでの既刊作品と並べると目新しさには薄い部分も皆無ではないでしょう。ただし、それだけに有川作品のファンにとっては、ツボを突いたものでもあるのかもしれません。ひとりの人間としての立ち位置を踏み外すことなくひたむきに仕事に向き合う登場人物の姿は、一話読むごとに魅力を深め、最終話に到達する頃には、脇役まで含めて一人一人の登場人物に愛着を抱くようになります。さらに本作は、物語のテンポや展開の絶妙さ、そして大きなテーマを扱っていても失われないリーダビリティの高さも折り紙つきの、「有川浩」らしさに溢れた一作と言えます。これまでの作品で作家としてのキャリアを十二分に積んだ著者だからこそ、過去作品以上にその持ち味の長所を見せつけつつ、テクニカル的な部分での洗練度合いも上がっていると評価できるでしょう。
 また、後日譚として3.11後の松島基地を入れたことで、人間的部分での深みも増しており、発売を1年延期してこの一編を入れたのは、著者の想いを汲んだ出版社の英断と言うべきかもしれません。「何故そこまで」というほどに、どこまでもひたむきに職務に取り組む作中の自衛官たちの姿は、必ずしもフィクションだけではないことを読者も知る現在だからこそ、より一層深く響く物語となっていると言えるでしょう。