ジル・チャーチル 『枯れ騒ぎ』

枯れ騒ぎ (創元推理文庫)
 ジェーンに届いた花は、違う通りの同じ番地に住むジュリー・ジャクソンと間違って配達されたものでした。ジュリー・ジャクソンは、奇しくもジェーンと隣人のシェリイが参加する予定のガーデニング講習会の講師をする人物。誤って配達された花を持ってジュリー・ジャクソンの家を訪ねたジェーンとシェリイでしたが、何か事件があったらしく、家には警察が来て立ち入り禁止のテープを貼っていました。その際のアクシデントで、足の骨を折る大怪我をしたジェーンですが、代理の講師を招いて始まったガーデニング講習会では、ひと癖もふた癖もある参加者たちが待っていました。もしかすると、この関係者の中にジュリー・ジャクソンを襲った犯人がいるかもしれないという疑念も頭に、ジェーンとシェリイはガーデニングの講習を受けることになります。

 主婦探偵ジェーンのシリーズ第12弾。
 原題"Mulch Ado About Nothing"は、シェイクスピアの「から騒ぎ」("Much Ado About Nothing")をもじって、本作に描かれるガーデニングに絡めてMuchをMulch(堆肥やおがくず)にしたもので、訳もまた園芸絡みで「枯れ」としたのが何とも絶妙。
 本作では、足の骨を折って不自由な松葉杖生活になったジェーンの姿と、そんな彼女を翻弄する個性的過ぎるガーデニング講習会の参加者たちの姿がコミカルに描かれます。学者然として鼻もちならない代理講師のイーストマン、周囲には政府やフリーメイソンの陰謀が満ちているという妄想を振りかざすウルスライーストマンと何かいわくがあるらしいウィンステッド、何でも完璧に管理されていないと気が済まないジョーンズ、亡き妻と過ごしたのと同じ生活を頑なに守り続けるアーニー。中には、実際の知り合いにいたらハタ迷惑でついつい敬遠してしまいたいような人物もいますが、うんざりしたり考え込まされたりしながらも、彼らを相手にもウィットに富んだやりとりをするジェーンの個性で、本作もまた魅力的なコージー・ミステリを形成しています。
 難を言えば、犯人に辿り着くための手掛かりは必ずしも読者に対して全てが提示されておらず、結末が突然提示されたように感じる部分はややあります。登場人物の背景を追い、心理的な背景から彼らの姿を描くことによって、さほど犯人の解明が唐突な感じは受けないものの、過去にあった動機にまつわる出来事が事前にもう少しでもつまびらかにされていれば、より自然な結末であったという印象もあります。ジェーンが犯人に気付く伏線が、この一作ならではのユニークなものであっただけに、その辺りは残念な気もします。
 ですが、講習会の参加者の庭を順番に訪問するというイベントによって、庭からその持ち主の姿が浮き彫りになる過程の面白さはありますし、このお庭訪問に備えるジェーンとシェリイの「いかにも」な方策などもコミカルで、十二分に楽しめる一作であるのは事実でしょう。