湊かなえ 『白ゆき姫殺人事件』

白ゆき姫殺人事件 (集英社文庫)
 化粧品メーカーに勤める三木典子という美人で名高いOLが殺害される事件が起こります。同じ会社に勤める知人女性からこの事件のことを聞いて興味を持ったフリーライターの赤星は、関係者への聞き込みを元にして週刊誌に記事をまとめます。その中で容疑者として浮上してきたのは城野美姫という、被害者と同期の地味なOLでした。

 被害者や容疑者の周囲の人間の語りにより構成され、インタビューが重ねられる中で少しずつ問題となっている人物が見えてくる――ただし、それぞれの供述者の立ち位置と主観で全てが語られるという、著者お得意の手法で構成される一作。ただ本書に関しては、最初からそれぞれのパートのほとんどでで容疑者扱いされる城野美姫に対して、ある種のバイアスがかかっていることはミエミエな部分はあるので、結末部での衝撃というのはそれほど大きなものではないかもしれません。
 ただ、本作では常にインタビュアーとして存在しているはずの、フリーライターの赤星という存在が最後の「資料」パートに入るまでは直接的に存在感をあらわすことなく、あくまでもすべての記述の裏側にいる「記者」としての存在に留まっていることには大きな意味があったのでしょう。赤星が最初からまず結論ありきという予見をもってインタビューに臨み、都合の良い供述を引き出して繋ぎ合わせることで記事を書くことにより、事件は容疑者と被害者の「真実」を勝手に作り出して行ってしまいます。
 そして最終的に、赤星が書いた週刊誌の記事と、赤星が各段階で不用意に呟いたSNSのログという「資料」が添付されることで、それまで直接的に描かれることがほとんどなかった赤星という人間の肥大した自我と浅はかさが浮き彫りになります。
 本作では、それぞれの供述者の主観に満ちた言葉の積み重ねで、容疑者と被害者の姿が徐々に鮮明になるという部分以上に、彼女らのことを記事にした赤星という男の姿を最終的に描き出したことが特筆すべき点と言えるでしょう。
 ただ、「資料」として付け加えられた部分にもう少し小説的な記法でのパートを付け加えることは出来なかったのか――もっと言えば、作中の人物たちのその後の姿を描かなかったことで、小説としての結末のおさまりの悪さがあるような気もします。
 敢えて「資料」で終わらせることでその部分を読者の想像に委ねることで生まれるリアリティや意味はあるのかもしれませんが、良くも悪くも、綺麗に「終わり」を迎えないそのリアルさゆえに残る後味の悪さがあるのかもしれません。