恩田陸 『蒲公英草紙 常野物語』

蒲公英草紙 常野物語 (常野物語)

 恩田陸という作家は、ミステリもSFもファンタジーも、あるいは青春小説も何でもこなすところはあるのですが、そのどれもが「恩田陸」にしか書けない物語であり、ジャンルに関わらず「恩田作品」というくくりに入れてしまえるところがあるなと思います。

 前作『光の帝国』の細部に関してはもう随分忘れてしまっていたのですが、あの作品が持つ空気というのはずっと自分の中に残っています。
 そんな状態で読んだこのシリーズ2冊目の「常野物語」、やはりどこか「失くしてはいけない何か」を思うときのノスタルジックな感傷を刺激する物語でした。
 最初は全く普通の少女の峰子が、どのように常野の一族と関わっていくのかが中々見えなかったのですが、とりわけ大きな事件があるわけでもなくただ淡々と少女が見聞きした日常が語られるだけの文章が、全く退屈さを感じさせません。
 恩田陸という作家は、少年から青年に、少女から女性に変わる、その儚さとしなやかさを見せる時期にある人物を書くのが非常に上手い作家なのだと改めて思います。少年少女の形になるかならないかの淡い恋心も、必ずしも物語の中では全てが成就されるわけではないのに、それが決して悲劇的ではありません。そういったものも含めて、あまりにも綺麗だからこそ悲しみも内包する、けれどもどこか優しい空気を感じさせる作品でした。
 時代が間違った方向へ進む中、登場人物の目と口を通して静かに語られる問いかけが心に残る1冊でした。