エリザベス・フェラーズ 『ひよこはなぜ道を渡る』

ひよこはなぜ道を渡る
 トビーが古くからの友人のジョンに手紙で呼び出されて彼の屋敷に行くと、そこで明らかに誰かが争った形跡や血痕が残され、トビーを呼び出したジョンが死んでいるのを発見する。しかし唯一の死体であったジョンは自然死であり――しかも屋敷の中の状況は、まるでかのマリー・セレスト号のように、人の居た痕跡はあれども無人という、実に不可解な事件の幕開けで本作は始まります。
 何かを知っているのに頑として話そうとしない旧友のコンスタンス、トビーやコンスタンスを毛嫌いするジョンの妻のリリ、下宿屋を営む彼らの元大家であるワース婦人など、アクの強い登場人物たちがそれぞれ何かを秘め、真相は中々明らかになりません。
 話のテンポ、登場人物たちの個性、そして真相に至るまでの道筋も見事で、安心して読める正統派としての本シリーズのテイストを存分に楽しめました。自然死の死体しかないのに「殺人」を明確に示す痕跡という状況のミスマッチさといい、使われていたアリバイトリックの綻びになる証言における僅かな不審な点といい、またそれに気付くまでのもどかしさといい、切れ味抜群の作品であると評することが出来るでしょう。
 『猿来たりなば』から続く(本国では第1作は『その死者の名は』ですが)トビー&ジョージのシリーズの最終巻。とはいえ、いかにも「これで最後」という感じは全く無く、ひょんなことでまたトビーとジョージが何かまた新しい事件に巻き込まれることがあっても不思議ではないような、「終わり」を感じさせることのない最終巻でした。
 それでももう、このシリーズの新作を読むことがないのだと思うと、何だか寂しい気もします。