北森鴻 『深淵のガランス』

深淵のガランス
 その場所と器に相応しい花を活ける「花師」と、「絵画修復師」の二つの顔を持つ佐月恭壱という、これまでの北森作品の登場人物と肩を並べても遜色無い新しい主人公のシリーズです。
 作中に他のシリーズとの繋がりを示す部分もあり、そこもまた北森ファンには嬉しいところ。本作の主人公佐月恭壱は、したたかな面もありますがその本質はあくまでも「職人」であり、その仕事振りの格好良さは方向性こそ若干異なるものの、冬狐堂や蓮丈那智にも劣りません。

 大正時代の洋画家の作品の修復を請け負い、そのキャンバスの下に描かれている別の作品を発見したものの、その下の絵を取り出すことを頑なに拒む依頼人と、幻の作品を世に出そうと画策する者たちの間で、佐月恭壱がいかなる行動を取るのか。そして、何故その絵は隠されることになったのかを描いた『深淵のガランス』。
 朱大人からの仕事で、岩手で個人が発見した洞窟壁画の修復にあたることになったものの、これまでの常識を覆す手法で作成された壁画の修復に苦労する佐月恭壱。そこへ来て、別口の仕事で関わった絵画に厄介な事情があることが分かってしまい、朱大人にも何やら思惑があるらしいという、幾人もの複雑な思惑が入り乱れる『血色夢』。

 絵画修復師と贋作者とのギリギリの境を見つつ、あくまでも「絵画修復」にこだわり「贋作者になるつもりはない」という佐月恭壱といい、彼の下で働くひと癖もふた癖もある「善ジイ」、各方面で力を持っている危険な存在である朱大人、その娘の明花など、脇役達も含めて心地良い緊張感を伴った世界がここには描かれています。
 それと同時に、「絵画修復師」でありながら「花師」でもある佐月恭壱が、二つの顔を持ち続けるその生き方も描かれているのですが、「花師」としての側面は今回は些か弱かったという面もあるかもしれません。
 もっとも、今後もシリーズ展開が期待出来そうな作品ですので、これからが楽しみです。