有栖川有栖 『乱鴉の島』

乱鴉の島
 作家アリスと犯罪学者火村のシリーズの、『マレー鉄道の謎』以来4年ぶりの長編。さらにはこのシリーズでは初の孤島もの。
 著者お得意のクローズド・サークルものですが、同じ孤島もので学生アリスのシリーズの『孤島パズル』に比べると、パズル性の面では薄いと言えるでしょう。むしろ謎の中心は動機面であり、ダーク・ファンタジーとしての詩美的な雰囲気が、ポーの『大鴉』の中の"Nevermore!"という詩句を効果的に用いることで形成されています。特に作中の詩人がこのポーの詩句の訳に宛てた「ケシテモウナイ」という、カタカナの訳が何とも絶妙でした。(手持ちの本の中でのこの詩句の訳は、『最早ない』でした。作中で語られるように、カタカナ表記とすることで、人外のものが発する言葉としての雰囲気を上手く表す名訳ではないでしょうか。)
 最愛の妻を亡くした老齢の文豪を中心とした人間達は、何を目的として島に集まっているのか。その謎が常に物語の中心であり、鍵となるのは火村とアリスに懐いた二人の子供です。フーダニットよりもホワイダニットに力点が置かれており、それなりの説得力も持っていると言えるでしょう。とはいえ、この理由で複数の人間を殺害するに至るのかといえば、少しばかり弱いかもしれません。それは、犯人の「個」という部分での書き込みよりも、彼らが何故そこに集っているのかという「集団」に対する書き込みに力点が置かれているためなのかもしれません。
 ポーの『大鴉』というゴシックな雰囲気と、クローニングという非常に現代的なものを組み合わせた謎の演出は面白いのですが、大筋は割と予想しやすいものでした。
 全体として見れば、かなり叙情的な作品であり、トリックなどの本格ミステリのパズル的な部分を期待すれば拍子抜けではありますが、ダーク・ファンタジー的な雰囲気は十分に楽しめる1冊。