北國浩二 『夏の魔法』

夏の魔法
 人よりも早く老いてゆくという奇病により、22歳にして老婆となってしまった夏希。
 末期癌をも宣告されている彼女はひとり、中学生の頃の初恋の思い出が残る風島にやって来て人生最後の夏を過ごそうとします。思い出の島で彼女を迎えたのは、魅力的な青年に成長したかつての淡い初恋の相手であったヒロでした。

 同じ年頃の若者が当然謳歌してきているはずの青春は14歳で終わりを告げ、病のために徐々に大人になり花開いていく過程も無く枯れて行く。他の人には皆あるはずの輝かしい未来など無く、あるのは無惨に老いて衰えゆく肉体と、自分の心の中で作り上げた夢物語のみ。
 そんな主人公の少女は思い出の島で、泣きたくなるほどに幸福だった恋をもう一度甦らせますが、それと同時にヒロの中にはまだ溌剌としていた14歳の少女の自分が生きていることを知り、今の自分を知られることで彼の中の思い出を汚したくないと思います。
 そんな悲愴なまでの夏希の恋心ですが、ヒロの側には若く美しくて、そして何の疵も無い未来が保証されている沙耶がいます。彼女の、そして他の全ての人間が当然の権利のように持っていながら、その輝きに目もくれない未来や若さに対し、次第に夏希が暗い嫉妬を育んでいくさまには、のどかで美しい南の島の情景のなかで淡々としながらも、何とも凄絶なまでの痛々しさを感じさせられます。
 美しい夏の情景の中にちりばめられた残酷さは結末に向かって徐々に収束され、終盤の急展開とあまりにも残酷な終わりは、安易に感動を引き出そうとする物語ではないからこその深さ、そしていつまでも残る痛みを読み手の裡に残します。
 重く心に残る作品でありながら、反面リーダビリティは非常に高く、その意味でも並大抵の作品ではないと評価するに足る1冊ではないでしょうか。