谷原秋桜子 『天使が開けた密室』

天使が開けた密室
 行方不明の父親を探すためにアルバイトに勤しむ女子高生の美波ですが、バイト先で理不尽な借金を負わされることになり、ちょうど知り合いから紹介された怪しげなバイトに飛びつく羽目になってしまいます。
 臆病な美波にとってはつらい仕事で、しかも彼女に対して謂れのない八つ当たりや嫌がらせとしか思えない振る舞いを平気でする相手もいて、精神的にも肉体的にもつらい思いもしますが、美波は健気に仕事をまっとうしようと日夜奮闘します。
 ですがそのバイト先で、美波は殺人事件に遭遇してしまい、挙句の果てに彼女の立場が非常に困難なものになってしまいます。

 2001年に富士見ミステリー文庫から刊行されていたらしいのですが、当時そちらは全くノーチェックでした。
 ライトノベルのレーベルでは少々地味に見えてしまうほどに丁寧な伏線は非常に好感の持てるものですし、衆人環視の密室の処理も手堅く、美波や探偵役の修矢を初めとした登場人物も個性的です。
 ただ、主人公側の人物は非常にコミカルで魅力的に生き生きと描かれる反面、「嫌な人間」というものに対しては少々ステレオタイプの域を出ない感も否めません。
 また、密室が出来る必然性や、心理的に密室を作る人間の心は非常に繊細に描かれるものの、伏線があまりにも丁寧で正直過ぎるために損をしているのかなという印象はありました。さらに言えば、何度誤った推理を探偵が覆して真相に辿り着くという過程も非常に上手く使われてはいるのですが、贅沢を言えば、もっと巧妙なミスリーディングが欲しかったというのが正直なところ。
 とはいえ、作中に示された伏線を丁寧に追っていけば真相に辿り着くことが出来るという意味で、ミステリの要件は十分に満たしていますし、伏線の丁寧さゆえに比較的真相に至る手掛かりを見つけ易いという意味では、必ずしも上述したことが欠点だとも言い切れない部分はあるでしょう。
 巻末に収録された短編も、事件の真相はやはり分かり易いのですが、ライトノベル系作家の長所である、良い意味でキャラが立っていること、そしてリーダビリティの高さなどに加え、丁寧な伏線が、短編・長編とも非常に端正な物語に仕上げていると評価出来る1冊。