パトリシア・コーンウェル 『私刑』 

私刑 
 クリスマス・イブの日、ケイの姪であるルーシーがFBIで作ったシステム、"CAIN"によって、ニューヨークで発見された身元不明の女性の死体がゴールトの犯行である可能性が高いとの連絡を受け、ケイとマリーノとベントンの三人は、真冬のニューヨークへと飛びます。ですが被害者の身元すら分からないまま、捜査陣を嘲笑うかのようにゴールトは犯行を重ね、やがてその影はケイ自身にまで迫ってきます。

 前作、前々作から登場していた、連続殺人犯テンプル・ゴールトが、いよいよその姿を現します。
 導入部、冒頭のショッキングな事件から一転してニューヨークへと事件の場へと移動するスピーディな展開は、犯人がケイのすぐ近くに手を伸ばしてくる中盤へ来て、一気にそれまで以上に加速します。
 本作では最初から、犯人対捜査陣の構図が明確であるために、推理や意外な真相によるサプライズという点ではそれほどポイントは高くないと言えるでしょう。ですが、ケイを含めた捜査陣が犯人に迫ろうとする中で、逆にケイに忍び寄って来る犯人というサスペンス要素が非常に濃いものとなっていると言えます。そして、犯人と被害者の横顔を描いていくことで明らかになる意外な事実もあり、前作までは事件の背後で影のように不気味に存在しているだけであったゴールトが、一人の登場人物として姿を見せるようになる構成は見事です。
 また、冒頭で記されている、聖書の創世記のカインとアベルの説話からの引用が印象的かつピタリとはまった作品でした。さらに、原題の"From Potter's Field"(陶工の畑)というタイトルが、内容でそのものずばり無縁墓地として出てくる以上に、聖書というキーワードから非常に暗示的な広がりを見せてくれている気がします。