歌野晶午 『密室殺人ゲーム王手飛車取り』 

密室殺人ゲーム王手飛車取り
 インターネット上のチャットを通じて、<頭狂人><044APD><サンギャ君><AXe><伴東全教授>のハンドルの5人は究極の推理ゲームを楽しみます。ですがこの推理ゲームはただの犯人当てやトリックの解明ではなく、彼らの間で出題される殺人事件とは出題者自身が起こした殺人事件であり、5人は純粋に推理ゲームのためだけに無関係の人間を殺していきます。

 一歩間違えば確実にトンデモ本となる設定ですが、そこにインターネットという媒体の暗黒面を持って来たこと、そしてその描き方が上手いことで、作中におけるリアリティもそれなりに成立させた作品です。
 そして本作における特徴的なポイントとしては、犯人と被害者の間の関係だとか、殺人に至る動機だとか、そういったものは本作ではほとんどどうでも良い瑣末事として扱われるということがあるでしょう。ゲームのプレイヤーたる5人にとっては、被害者はたまたま自らが出題するゲームにとって都合の良い条件を備えていたというだけで殺す対象になるわけです。
 殺害される人間たちを繋ぐミッシングリンク、どうやって死体を移動させたのか、殺害現場から遠く離れた場所にいたはずの犯人のアリバイトリックとは、犯人はいかにして二重のセキュリティを破って犯行を為し遂げたのか――本作では、ただこれらの問題を出題するためだけに、事件は引き起こされます。
 出題者が犯人であり、作中で起こる事件は純粋な謎解きゲームに徹した殺人ですので、本作はフーダニットもホワイダニットも重視されない連作短編集であると同時に、この殺人ゲームに興じたプレイヤーの歪んだ心理を描いた長編でもあります。
 そして、本作での犯人と被害者の関係は、作中における以下の台詞で言い表すことが可能となるでしょう。

「だめ。人間関係?かんべんしてよね。そんなウェットなネタ、ゲームにふさわしくない。だいたい、恨んでいた人間を、いかにも恨みを晴らしましたというやり方で殺したら、すぐに警察に目を付けられる。(略)」

『密室殺人ゲーム王手飛車取り』(2007)p243
「じゃあなんで殺したんだよ」
「そんなの今までと一緒だよ。殺したい人間がいるから殺したのではなく、使いたいトリックがあるから殺してみた。(略)」
『密室殺人ゲーム王手飛車取り』(2007)p300

 ただし、こうした衝撃的とも言えるガジェットを取り払って純粋に推理ゲームの内容のみを見た場合には、個別の謎は良く出来てはいても特に目新しさがあるわけでもないですし、それぞれの回答や展開もある程度は予測の範囲内でしょうから、真相の意外性という観点で弱いと言わざるを得ません。手掛かりの提示はあくまでもフェアネスの精神に則っていますし、張り巡らせた伏線も文句の付けようはないのですが、やはり犯人が最初から分かっているということもあり、意外性の演出という面では些か限界があったのかなという印象。
 また、長編としての仕掛けもそれなりになされてはいますし手馴れた書き手によって上手く作られているとは思いますが、残念なことに最後の事件の結末も最終章のラストシーンも、設定のもたらすインパクト以上のものにはならなかった気がします。
 さらに言えば、本作の行き着く先というのは決して読後感の良い結末をもたらすものではありませんし、その意味では読む人をある程度選ぶ1冊であることは確かでしょう。