ケイ・スカーペッタがバージニアの検屍局を去ってから数年、金髪の女性ばかりが狙われる事件が続いているバトンルージュの検視官の元に、死刑囚となった"狼男"ジャン・バティスト・シャンドンからの手紙が届きます。その手紙には、かつて起こった未解決殺人事件に関し、元刑事のピート・マリーノに助力を求めることを提案してありました。やがて、フロリダにいるケイのもとにも"狼男"から、自分に会いに来れば知っていることを話すと書かれた手紙が届き、ケイは否応なしに、事件に巻き込まれていきます。一方で、連邦捜査官を辞してインターポールに協力しながら事業を始めたルーシーはポーランドに飛び、シャンドン一家の犯罪を支えてきた悪徳弁護士のロッコと対峙することになります。そしてこれらの一連の動きを操るある人物の予想をも超え、ケイもまた直接バトンルージュの事件に関わることになります。
まず、これまでの作品ではケイの一人称視点で物語りはほぼ進められてきたのですが、本作においては三人称視点で、しかも頻繁に視点の持ち主が変わっていることによって、物語り全体が散漫でまとまりのないものになっている点を指摘せざるを得ません。
視点を分散させて、ケイに、そしてマリーノに、ルーシーに、時に新キャラクターのニックらに振り分けて場面を転換することで、広角的に物語を描ける利点があるのは確かでしょう。ですが、これまでのシリーズ作品に一貫して感じられた、主人公ケイ・スカーペッタの信条や強さといった魅力が完全に損なわれていることは無視することの出来ない難点ではないでしょうか。
また、従来は「検屍官」として事件に関わっていたケイが、本作においてはその職業的な関わりをほとんど見せず、犯人との対決にも彼女の力が発揮されていないことで、主人公の役割そのものが薄れてしまったという点も指摘出来るでしょう。
さらに、あくまでも死者のために正義を貫く信条を持っているはずのケイや、彼女の側であるべき人間が明らかに変質してしまっている点も、シリーズを通して読んでいると納得の行かない部分が大きいと言わざるを得ません。いかに前作との間が作中において数年というブランクがあるとはいえ、この変質は主要登場人物の本質にも関わり、あまりにも重大なものに思えます。
(以下ネタバレのため一部反転)
さらに、そういった展開に持っていく可能性はある程度予想はしていたものの、『業火』で非業の死を遂げさせたベントン・ウェズリーが死んでいなかったという離れ業は、これまでの何作かのケイの苦悩や、心の傷を負いながらも模索していたもの全てを否定しかねない展開となっているとも言えます。
長く続く人気シリーズ特有の、主人公及び一部の人間が万能で神にも等しい影響力を持ち、また、死んだ人間が実は死んでいなかったという展開を許容し、ただ無意味に展開を長引かせるという悪循環に本シリーズも入っているように思えて仕方がありません。
検屍局を離れたケイ、連邦局を辞したルーシー、リッチモンドの警察を辞めたマリーノ、そしてFBIを離れたベントンらは、しがらみから解放されたのではなく、法を遵守し正義を貫く存在ではなくなってしまったようにも感じ、微妙なしこりの残る1作となってしまいました。