法医学のコンサルタントとして、ケイはかつて自分が検屍局長を勤めていたリッチモンドのバージニア州検屍局を訪れます。ですが、自らケイを招いたはずの後任の検屍局長のドクター・マーカスは、あからさまな嫌がらせを仕掛けてくる上、何やらこの件の裏には政治的な思惑が働いている気配があります。ケイが呼ばれた事案である、バージニアで起こった「死因不明」とされた少女の死の真相は、いったいどのようなものなのか。
前作では、「検屍官」としてのケイがほとんど事件に対して存在意義を持っていませんでしたが、本作では一応、ケイが専門家としての働きをすることが事件を解き明かす柱となっています。
ただ、事件そのものはもっとシンプルであるはずなのに、無駄に拡散した要素を処理しきれず、バージニアのケイとマリーノ、フロリダのルーシーと相棒のルーディ、そしてアスペンのベントンと、複数のサイドでそれぞれの展開が描かれた結果、非常に散漫なものになってしまっています。この致命的な欠点は、残念なことに前作『黒蠅』から引き継がれてしまったと言わざるを得ず、ミステリとしても、広い意味であるいは人間を描いた類の小説としても、非常に中途半端で雑な印象を受けてしまいます。
さらに、犯人との対決シーンだけを取ってみれば、非常に効果的な演出であるという評価は可能ですが、その前後の書き込みは不十分であるとしか言いようがなく、犯人の持つ歪みの根源に対しても、表面的な説明がなされているに過ぎません。
また、ベントンとケイの関係に関しても、二人の間にあったわだかまりが解消していく過程が描かれるわけでもなく、非常に唐突なままラストシーンにもつれこみますし、ルーシーが新たに恋人にした相手の問題にしろルーシー自身の問題にしろ、マリーノの抱く複雑な感情の問題にしろ、どこをとっても読者の共感する余地は少ないのではないでしょうか。加えて、後任の検屍局長のドクター・マーカスの扱いも途中からはおざなりになり、初期のシリーズではしっかり描かれていたように、ケイが自分の信念と仕事を守るために続けている戦いが納得の行く形で描かれることもありません。
プロット段階での整理がもう少しされていればまた違ったものになったのでしょうが、あらゆる要素が散漫で中途半端であり、物語の焦点も不明瞭だとしか言えないのが残念。
