佐々木丸美 『水に描かれた館』

水に描かれた館
 3人のいとこを失って、7人から4人に減ったいとこたちとそのおばがいる崖の館に、所蔵する美術品の目録作りのための鑑定人が、弁護士によって派遣されてきます。ですが、4人しか来ないはずの鑑定人は何故か5人現れ、「招かれざる客」が誰だか分からないまま、彼らはそれぞれの仕事を始めます。そして館では、幽霊らしき姿が目撃される中、嵐の中で保護された少女は不吉な予言を残して行方不明になり、やがて滞在者が死んで発見される事態にまでなります。そして、2年前に死んだ千波と涼子を繋ぐ運命は、やがて鑑定人の一人の吹原に、涼子が恋心を抱くように仕向けます。

 前作では2年前に死んでからもなお、館の中心であった千波を軸に、登場人物の心理面を端整に描き出していましたが、本作ではさらに幻想の色合いを増して、作品における世界の中心が千波から徐々に涼子へと移譲されていく物語であると言えるでしょう。それは同時に、前作では何の疑問も抱かれずにいた涼子の恋心が成長し、無邪気で守られていた幸せな少女の世界が崩壊していく残酷なイニシエーションの物語でもあります。
 そして事件を構成するのは、前作が登場人物の心理面であったのに対し、本作では主人公の涼子や千波の「意識」というものが核にあるために、より幻想的で現実と虚構との境の曖昧さを上手く生かし、独特の世界を描き出すことに成功しています。
 千波と涼子の共有する夢と恋がオーバーラップし、前世や輪廻といったものが、否定も肯定もされず、ごく自然なものとして作品世界には息づいています。
 そうした部分も含めて、ミステリというよりはその本質は幻想小説に置かれているものの、本作でしか実現することの出来ないトリックやその解明が描かれているという意味で、精度の高い奇作と評することが出来るでしょう。