風邪を引いたヴィクトリカの退屈を紛らわすために、一弥は毎日迷路庭園を抜けて、花と甘いものと本を用意することになります。
2輪の白薔薇――フランス革命で捕らえられ、断頭台で処刑された伯爵家の娘と、彼女と想い合っていた従兄の物語。
紫のチューリップ――オランダで起こったチューリップのバブルを巡り、高価な紫のチューリップを手に入れようと旅立った青年と、彼が求婚していた裕福な承認の娘の物語。
黒いマンドラゴラ――騎馬民族の中で育った娘が、謀殺された父親の死後、地面から生えてきたマンドラゴラを使って、密かに慕っている兄のために尽くし、死んでいった物語。
黄色いエーデルワイス――新大陸に渡って花畑を作って財を成した女性は、愚かな情熱に身を滅ぼした母親と、商才を持った父親のどちらの特質を受け継いだのか。
そして、一弥の同級生であるアヴリルの伯父とその妻の、赤いデイジーの物語。
"ベルゼブブの頭蓋"から脱出して、豪華列車オールド・マスカレード号での事件を経て、無事に学園に帰り着いた後の物語。
それぞれ歴史の大きな流れの中で翻弄された男女の物語を一弥が読み、そこに記されなかったことをヴィクトリカが読み解く短編集です。それぞれのモチーフとなる花に絡めて綴られる物語は、ミステリとしての難易度はさほど高いものではありませんが、しっかりと安楽椅子探偵ものとしての体裁を楽しめるものでした。
そして、本作は気軽で平和な短編集でありながらも、今後の更なる波乱を予感させるような余韻で繋ぐエピローグも見事。
余談ではありますが、『赤朽葉家の伝説』では近代日本の鉄鋼、そして本作においては17世紀オランダの南海バブル事件などを持ってくる辺り、著者は経済史に明るいんでしょうか。