北村薫 『玻璃の天』

玻璃の天
 『街の灯』に続く、昭和初期の上流階級に育った女学生の英子と、彼女付きの女性運転手ベッキーさんこと別宮が、英子の周辺で起こる事件を解き明かすシリーズ。
 英子の女学校の学友である百合江が、彼女の祖父の代に仲違いした家の青年と想い合い、ロミオとジュリエットのような境遇ながらも、二人の交際を機に両家を結び付けようとする「幻の橋」。ウェブスターの「あしながおじさん」を切欠に仲良くなった綾乃が、英子に暗号らしきものを残して姿をくらませる「想夫恋」。軍国主義に傾く中で、講演で招かれた思想家が死を遂げる、表題作「玻璃の天」の全3編が収録。

 本書に収録された3編の短編は、いずれの謎も前作同様に、全てを見透かしているかのように超然としているベッキーさんはあくまでも導くだけで、最終的には英子自身が探偵役をつとめて決着をつけるものとなっています。ベッキーさんというある意味完璧すぎるキャラクターよりも、世間知らずなお嬢様でありながらも素直に突きつけられる現実を受け容れる柔軟性を持った英子を探偵役に据えることは、昭和初期という作品の時代性やその中で生きる少女の感性を瑞々しく描き出す上で、非常に効果的であると言えるでしょう。
 さらに各作品を個別に見ていくと、「幻の橋」では、犯行機会を考えれば割とすんなりと事件の構造は解けるものの、謎の提示と物語の構成の上手さが光る作品です。
 また、「想夫恋」では、暗号を読者に解かせる面白さ以上に、その暗号を使うに至る過程が丁寧に伏線として織り込まれている様子が自然かつ上手いものとなっています。
 そして表題作「玻璃の天」は、「幻の橋」から張られていた物語の伏線が結実し、さらには前作から仄めかされていたベッキーさんの素性にも触れるものとなっています。同時に、ややフェアプレイに徹し過ぎて手掛かりが見えやすいものにはなっていますが、物理的なトリックも非常に上手く使われている作品であると言えるでしょう。
 全体を通して、探偵役をつとめながらも英子は、まだほとんどの事件で外側にいる人間であり、今後ベッキーさんとともに物語の中心となることがあるのかどうかも楽しみなところです。