佐々木丸美 『雪の断章』

雪の断章
 孤児として施設で育った飛鳥は、引き取られた先の本岡家では奴隷のような扱いを受け、理不尽に耐えかねて7歳の冬に家を飛び出し、札幌の大通り公園で祐也という青年と運命的な再会をし、そして彼に拾われます。子供の頃の不幸な境遇で歪められてしまった飛鳥ですが、祐也を慕う気持ちだけは一途なまま、やがて成長するにしたがってその気持ちは恋に変わります。ですが、不幸な境遇から救い上げてくれた祐也への恩から、飛鳥は恋心を自らに禁じる他なく、さらには不安定な彼女を揺さぶるような出来事が次々に起こります。

 本作は、端的に言ってしまえば、孤児として不幸な少女時代を送った少女が運命的な出会いをした青年に拾われて、青年を一途に恋うという恋愛小説です。
 ですが主人公の飛鳥からして、単に不幸だが健気で無垢という存在には描かれません。この主人公の少女は、飛鳥を苛めた家の娘や、自分でも気付かぬ嫉妬から無意識のうちに飛鳥につらく当たるトキらと同じように、醜い面をも見せています。そこには、エゴイスティックな独占欲を持ち、歪んだ自己憐憫によって一方的に世界を敵視する人間の側面も描かれています。女が女に対して感じる本能的な敵愾心や嫉妬、自分を取り巻く世界を狭く完結させてしまう未成熟さなど、救いがたい短所を備えた等身大の少女でありながら、少女期特有の不安定さや儚さを最大限に引き出して、この飛鳥という少女を描いた辺りに、本作の秀逸さを見て取ることが出来るでしょう。
 また、飛鳥と同じように裕也に恋心を抱きながらも、あくまでも「大人の女性」として描かれる厚子や、年老いた女として少女の稚拙な思慕の芽を摘もうとする狡さを見せるトキなども、深く掘り下げた人物造詣のもと、実に生々しい「女」としての存在感を放っています。
 ただ女性作者であるためか、主人公をはじめ登場する女性たちの心の動きは実に生々しい描写をもった生身の存在であるのに対し、祐也を筆頭にした男性の描き方には、あまりにも理想化され過ぎたきらいはあります。
 全体的に『崖の館』に続くシリーズと比べれば、技巧的な面ではある種の稚拙さを感じさせますし、作風も「昔の少女漫画」臭さがあり、本作は決して万人向けでないのは確かでしょう。
 ですが、そうしたある種の古めかしさや、著者の若書きの部分も含め、昨今の作家の作品には無い魅力を感じる1冊でした。