乾くるみ 『イニシエーション・ラブ』

イニシエーション・ラブ
 大学の友人に誘われた合コンで、鈴木はマユに出会います。ひと目で彼女を気に入った鈴木は、金曜の夜に彼女との逢瀬を重ね、付き合いを始めます。マユの影響でファッションに気を使うようになり、車の免許を取り、順調に付き合いを進めて行きます。そして就職して東京へ転勤が決まった鈴木は、毎週のように車を運転してマユに会いに来ますが、東京での新たな人間関係が築かれる中、徐々にマユが負担になり、二人の気持ちはすれ違って行きます。

 カセットテープやレコード盤を模して、A面・B面と二部構成で進められる、一見ありふれた恋愛小説。
 ですが、最後の2行を目にした瞬間に物語の様相はまったく変わり、A面での幸福な恋愛の意味も、そしてマユという女性の人間像すらも完全に違ったものになる凄まじいまでの技巧で書かれた小説です。
 読んでいて何箇所か引っ掛かりを覚える部分はありますし、ある程度慣れた読み手には作者の仕掛けがなされていることも想像がつくものの、読み終えて登場人物の人物像までが全く違った意味を持つものになっている辺りは、読み返すにつけ仕掛けの見事さに目を見張るばかりです。
 ですが、上記のようにミステリとしては高く評価する反面、普通に小説として面白いかと言われれば、決してストレートに面白いと感じるものではありませんでしたし、必ずしも誰にでも薦められる作品ではないでしょう。確かにトリックを使うことで、再読した際に物語の深みがグッと増し、ある種の文学性は成立しているものの、かなり読み手を選ぶ1冊であるのは確か。
 ですが、そうした部分も全て含め、最後の2行に行き着いたときの驚愕と、それまで自分の中で積み上げてきたと思っていた物語の全てが一瞬で崩壊し再構築される衝撃の大きさ、そしてそのまま読者を再読へと引き込む力の強さはかなりのものです。