高田崇史 『毒草師』

毒草師
 東京にある旧家・鬼田山家で、「一つ目の鬼を見た」と言って部屋に鍵を掛けて家人さえ締め出して、ある時忽然と中にいた人物が姿を消してしまうという事件が起こります。医薬品関連の雑誌社に勤務する西田は、上司からの言いつけでこの事件に首を突っ込み、そして自ら「毒草師」と名乗る変人、御名形史紋の言葉から伊勢物語を紐解くことになります。鬼田山家で起こった不可解な失踪や殺人、そしてダイイングメッセージの裏には、どのような真相が隠されていたのか。

 QEDシリーズに登場した「毒草師」御名形史紋を探偵役に、伊勢物語の「鬼一口」の中の要素と現実に起こった事件とをオーバーラップさせた作品。QEDシリーズのように、ひたすら歴史の薀蓄が語られるのかと思いきや、あくまでも現代の事件を理解し演出するためのガジェットとしてのみ、伊勢物語は扱われ、特に歴史の謎解きをメインには持ってこなかったことで、普通にバランスの良いミステリに仕上がっています。
 ただし超人的な閃きと思考力を持つ探偵を否定する気はありませんが、本作で御名形史紋が読者と同等に与えられた情報から、あの結論を導き出すのには少々無理があるという面では、引っかかりも覚えます。また、西田が事件に首を突っ込む経緯など、本筋から見れば些細ではありますが細かい所では若干展開が強引な印象も受けました。さらにいえば、メインであるはずの人間消失のトリックは、演出によって十分に楽しめるレベルながらも、トリックそのものとしては今ひとつと言わざるを得ないでしょう。また、登場人物の役柄上、ある程度は仕方ないのでしょうが、多くの一般的読者にとって未知の毒物をさらっと出してくる辺りも含め、かのヴァン・ダイン先生のお眼鏡にはかなわないだろうという要素が幾つか目に付いたのも事実です。
 ですが、冒頭からの怪奇的な雰囲気と提示される謎の良さをはじめ、全体的に著者の作品の中では破格に読みやすくバランスの取れた作品であるということは言えるでしょう。
 その意味では、伊勢物語を初めとした古典や歴史の解釈が、これまでQEDシリーズで語られてきたことの範囲からは出ない上に、歴史の謎そのものが本作では全くメインではないことも、どちらかと言えばバランスの観点から見ればプラスに働いているのかもしれません。