クリストファー・プリースト 『奇術師』

〈プラチナファンタジイ〉 奇術師
 ジャーナリストのアンドルーは、取材で赴いた先で出会ったケイトに、自分たちが20世紀初頭に互いに敵対する数奇な人生を送った、ボーデンとエンジャという奇術師二人のそれぞれの子孫であることを知らされます。互いに反目しあいながら、"瞬間移動"の奇術でその世界に名を知らしめた二人の手記から、アンドルーが昔から抱いていた「自分には双子の兄弟がいるはずだ」という思いの真相が明らかになります。

 箱に消えたばかりの人間が瞬時に別の場所に現れる、"瞬間移動"のトリックに行き着く二人の奇術師の激動の人生譚が、本書の大部分を占めています。
 互いの瞬間移動のトリックを必死で解明しようとする二人の奇術師による手記の仕掛けは、ある程度予想のつく部分と、予想を大きく超える部分とが混ざり合い、本作を独特のアクセントを持つ作品としています。
 手記としてはまず最初に提示されるボーデンのパートでは、読んでいて引っ掛かりを覚える箇所が割と分かりやすい形で出ているのですが、本書がミステリ的な要素を持ってはいるものの、SFでありまた幻想小説であることで、実に複雑な謎の構造が形成されている面は評価に値するでしょう。
 ただ反面、物語の端緒となった、同一人物の複数箇所での同時存在の謎などがそのまま放置されたりと、作品の本質がミステリではないゆえの伏線回収の消極性に関しては、若干拍子抜けした感も否めません。
 それでも本作を類稀な幻想小説足らしめる結末への伏線の見事さ、二重の入れ子構造の作りの上手さは、一読に値するものでした。
 もっとも、あくまでも謎は現実レベルに解体されないと気持ちが悪いという読み手には、終盤からの運びは必ずしも嗜好に合うとは言えないかもしれません。