米澤穂信 『遠まわりする雛』 

遠まわりする雛

氷菓』に始まる古典部シリーズの短編集であり、古典部入部から間もない時期から、翌年の春までの1年あまりを時系列に従って描いた作品集。
『やるべきことなら手短に』『大罪を犯す』『正体見たり』『心あたりある者は』『あきましておめでとう』『手作りチョコレート事件』『遠まわりする雛』の7編が収録。

 「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」という「省エネ」を信条に掲げる主人公の奉太郎が、高校で入部した古典部千反田えるというお嬢様に出会ったことで、不本意ながらも面倒ごとの解決に乗り出す…という、物語の基本構造は本編とほぼ同様です。ですが、本作では(間には、『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』事件を経て)千反田の「気になります」というひと言でもって奔走させられる奉太郎自身の複雑な変化が、青春ミステリの体裁を借りて克明に描かれています。
 ミステリ的には、端整かつ大胆なロジック重視の謎解きであり、特に『心あたりある者は』は論理のアクロバットが見事な作品だと言えるでしょう。この短編においては、"十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい"という校内放送を聞いただけで、そこからこの呼び出しは何故行われたのか、呼び出された生徒は何をしたのか、さらには信じられないような展開を、放課後の部室から一歩も動かず、外部からの情報も一切無しで推理していきます。そこには何の裏付けもなく、結論はある種妄想めいた飛躍すら感じられるものの、一本筋の通った論理展開によってリアリティが確立されており、安楽探偵ものの醍醐味が感じさせられる一編だと言えるでしょう。
 また、主人公達の1年を時系列に沿って並べたことで、同じ古典部福部里志伊原摩耶花、そして奉太郎と千反田えるとの関係の変化を登場人物たちの緩やかな成長と共に描き出し、本書はほろ苦い青春物の連作短編集としての性質を強く出すことに成功しています。
 同著者の『ボトルネック』などにおいては、この「ほろ苦い青春」は絶望に辿り着いて終わります。ですがこの古典部シリーズは本作において、それまで見えなかった、どこか苦痛を伴う密やかな心の葛藤を暴き立てているものの、この先彼らがどこへ行き着くかの結論はまだ出されていません。
 その意味でも、今後の展開が非常に楽しみなシリーズであると言えるでしょう。